いにしえより底なしの | ナノ


「お前はできない子」

ぱきん、ぱきんと小気味の良い乾いた音が滔々(とうとう)と流れ巡り満ちゆく女の血を連想させるような、燃え盛る夕焼けのなかに響いた。年季の入った花切鋏の刃を宛がい茎を切り落とす兄の長くしなやかに伏せられた睫毛の奥――冷やかな灰色を湛えた瞳がこちらを捉え、ひくりと跳ねた指先で羽織の袖を握り締めながら燈雀は表情を強張らせた。座敷を覆うかの如く幾重にも垂らされた薄絹の幕が秋の風に揺れ、肺を圧迫する甘い白檀の香りが思考を侵食し、蜜を多分に含んだ恐怖が感情を絡め取ってゆく。

できない子。春に桜が咲く理由を知らなかった頃から、兄は丁寧に柔く噛み砕きながら燈雀にそう言い含めた。お前はできない子。自分よりもはるかに出来の悪い妹を、人一倍努力しなければ基準に達することのできない稚けなき幼子を、慈愛を孕んだ眼差しで見つめ母性の影がゆらりと揺れる白い手のひらを燈雀の頬に滑らせ、微笑む兄は誰よりも何よりもうつくしかった。誰よりも濃い、春の血を受け継いだ兄はうつくしかった。

その言葉が鼓膜に垂れる度、形容し難い怖れが心臓へ氷の杭を打ち込む。女王である母が諦めの滲む溜め息を吐き出す度に、母の愛が向けられることはないのだと絶望に支配された視界がぐらつく。己が次期女王の椅子に腰を下ろしているのはまさに奇跡であると言っても過言ではないと、燈雀は理解していた。兄が女であれば、燈雀は早々に花宮(はなのみや)として間引かれていただろう。春宮殿と呼ばれる繭にも似た聖域の内側で生涯を終える己を想像し、身を震わせたのは一度や二度ではない。

「母上さまはお前を疎んでいるけれど、僕はお前を愛しているよ」

ぱきんと鉛色に耀く鉄が水を含んだ茎を断ち切り、敷かれた半紙の上に不必要であると判断された茎がぱさりと落ちる。膝元に散らばるは山茶花、椿、唐綿、幽霊花。夕焼けに染まる美しいものだけで拵えた箱庭のなか、兄の手のうちにある鳳仙花はぬらりと艶めく女の舌に酷似していた。

「ひとりでは何もできない、可哀想な子。可愛いお前は僕が守ってあげようね」

この箱庭は、女王が愛したものだけで誂えられた花園は、次期女王たる自分よりも兄に似合うことだろう。茎を落とした鳳仙花を燈雀の髪に飾り、たゆたう花曇の双眼を細めて微笑む兄の指先が纏う比類なき女の匂いには麗しく咲き誇る春が似合うことだろう。白檀の薫りを引き摺る底冷えの灰色に映った自分の姿がやけに幼く見え、ぞわりと皮膚が粟立った。