プラネタゴースト | ナノ


深夜二時を過ぎたコンビニのバックヤードにて、花田と縁はシンプルかつ実用的な木目調のテーブルを挟み向き合っていた。テーブルの上には透明のビニール袋に収まった薄いピンクの布地があり、布地の端に付いている白いタグの、御世辞にも広いとは言えないスペースをC75の文字が堂々と占領していた。安っぽい白熱灯の明かりはその布地が持つ役割を否応にも思い出させ、縁は内心冷や汗を流しつつその布地から視線をずらす。

後輩である花田はパイプ椅子に背を凭れたまま薄いスマートフォンを見つめ、目前にくったりと横たわる布地には見向きもしない。見慣れているのかそれとも単に興味が無いのか。花田の場合はきっと後者なのだろうなと思考を巡らせつつ、目の遣り場が無いと言いたげに縁はポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出す。

コーラルピンクの布地にあしらわれた白く豪奢なレースとフリル、人体の一部を保護する為だけに計算され尽くした椀型のパーツ、アルファベットと数字を組み合わせた記号――そう、それは紛うことなき女性用下着であった。

独身男性が日常生活を送る上で、尚且つ職場で、女性用下着にエンカウントする機会など果たしてあるのだろうか。いや、無い。無いと信じたい。誕生日や結婚記念日などの記念日に下着を女性へ贈ることが巷では流行っているらしいが、どうか速やかに自然消滅してはくれまいかと縁は思う。無機質なビニール袋に包まれた可愛らしいデザインの下着へ視点を戻し、意識の隅に追い遣っていたこの下着と巡り合ったきっかけを想起した。

どろりとした夜が無数の星と共に頭上へ広がる、午前零時を過ぎた頃の話だ。深夜帯ということも相俟って一人の客すらも居ない寂しげな店内を一瞥し、縁は店舗の外に設置されたゴミ箱を清掃していた。ペットボトルに紛れる家庭ゴミや煙草の吸殻に時折苛立ちながら手早く選別している縁の指先にふにゃりとした、長年生きている縁すらも知り得ぬ未知の感触がビニール袋越しに伝わった。

花田に「魔王が世界を捧げてくるレベルの極悪面」と呼ばれた縁の凶悪極まりない顔がより一層凶悪さを増したところで、ペットボトルの海に埋もれたビニール袋をずるりと引き摺り出す。まさか布に包んだ白い粉じゃねえだろうな、と訝しげな眼差しをビニール袋に向けた縁は白い粉とは無縁のコーラルピンクを視界に捉え、声にならない悲鳴を喉の奥から絞り出しつつ渾身の力を以て地面へ袋を叩き付けた。縁の不可思議な、端から見れば気が狂っているようにしか見えないその行動に疑問を抱き、外に出た花田が見たものは未知との遭遇に膝が震えている先輩と、地面に転がる可愛らしい下着だったという訳である。


「どうしたらいいんだろうな……」

「落とし物として保管する、が最善じゃないですか。持ち主探すのも面倒ですし」

当然ながら外にも監視カメラは備え付けられている。記録を漁れば下着をゴミ箱に押し込んだ犯人が明らかになるだろう。しかし、持ち主を探し出して「下着は捨てないでください」と注意をするのも気不味い話だ。花田の助言通り、落とし物として処理を行うべきだろう。

スマートフォンを再びポケットへ仕舞い込んだ縁はブロッコリーの色と表現された翡翠の眸を未使用の下着に合わせ、はあ、と深い溜め息を吐き出す。むしろ白い粉の方がまだマシだったかもしれない。そんな、口には出せない本音が溜め息に滲んでいるような気がした。

「あ、」

「どうした」

「膝がガクガクしてる縁先輩すごく面白かったので写メっとけば良かったなって」

「やめろ」

重い腰を上げ、ビニール袋を若干震える手でむんずと掴んだ縁は出来る限り視界にコーラルピンクが入らぬよう注意を払いながらバックヤードの片隅に佇む段ボールに向かって歩み出す。店内に放置された落とし物はすべてこの段ボールに集められ、持ち主の連絡を沈黙と共に待ち、半年の猶予の後に処分される。どうか半年の間に持ち主が現れますように、と願いを込め、縁は段ボールへ乱雑に収められた落とし物の上に未知なる布地をふわりと置いた。