アナザー・ストーリーテラー | ナノ


日曜の、午後二時半を回った頃だった。

平日であれば暇を持て余すであろう時間帯だが、やはり多くの学生や社会人が束の間の休息に羽を伸ばす週の第一日ともなれば店内には常に一定数の客が波打ち際に押し寄せる小さな漣のようにざわめきつつ、スピーカーから流れるクリスマスケーキの早期予約特典の説明をさらりと聞き流していた。イヴとクリスマスには簡素な作りのサンタ帽を被らなければならない全店舗共通の規則を思い出し、縁は追加のおにぎりを陳列しながら気付かれぬようそっと溜め息を吐く。

一人暮らしのクリスマスなど、普段と何ら代わり映えのない日常の一頁だ。赤と白と緑に彩られた聖夜の街を恋人と共に歩く訳でもなく、住み慣れた自宅で油の回ったフライドチキンを囓り面白みの欠片も無いバラエティ番組を何となく眺めて終わり。そんな冷えきった白米を延々と咀嚼するような二日間を過ごすくらいならば、と上乗せされる時給を聞く前に縁はシフトを入れた。

しかし、チンピラと称される程に柄が悪い容姿を持つ自分の安っぽいサンタクロース姿など何の需要があると言うのだろう。プロテインが主食の店長はサンタクロースよりもトナカイの方が似合いそうだ。結局のところ、一人で過ごすクリスマスを回避したかっただけなのかもしれない。喩え肉体改造が趣味だと語る脳筋店長と無駄に明るいコンビニ店内で聖夜を過ごす羽目になろうとも。それを思う度につるりとしたレシートの表面へ爪を立てるような言い様のない不快感に苛まれた。そしてクリスマス当日には疲れた顔をした仕事帰りのサラリーマンに哀れんだ眼差しを向けられるのだろう。

クリスマスが終われば正月、バレンタインデーにホワイトデー。バイトにとっては面倒臭いことこの上ない行事の数々が今か今かと待ち構えていた。浮かれている暇もなければ嫌悪する余裕もない。とん、と指先で肩を叩かれ、縁は思考に纏わりつく荒んだ念を振り払い、精一杯の無表情を取り繕いながら振り向いた。何か言いたげな表情を浮かべてこちらをじっと見つめている一人の少女と視線が搗ち合い、ひっ、と縁は小さく息を飲む。

艶やかな深淵の光沢を帯びて蛍光灯に反射する黒い髪には傷みの兆候すら見られず、無垢と至高を透明な蜜で煮詰めたような、生きていることが不思議であると感じる程に麗しき少女であった。恐ろしい、と思った。少女の匂いが、固定された観念を一から塗り替えるその存在感が。そして何よりも、少女が縁の存在を認識しているという事実が本能の殻を破って意識に突き刺さる。腰が抜けそうになった己を恥じながら「はい」と若干裏返った声を喉の奥から絞り出した。背筋を冷えた汗が伝い落ちる。

少女は縁の袖をつい、と引っ張り、レジの傍らに設置しているスチーマーを華奢な人差し指でさし示す。肉まんやピザまんなど、冬の定番と呼ばれる品を縦に並んだ仕切りへ乗せて蒸し、売れ行きに準じて補充をする決まりになっているのだが、買い求める客の大半は若者である。

「に、肉まん、で宜しいでしょうか」

冬を越えた蕾が春光の恩寵に抱かれるが如く華やいだ笑みを向け、少女はこくこくと大きく首を振った。レジの裏へ回り、染み付いた順序に従いながら白い湯気を漂わせる商品を紙に包む。正直、肉まんを包んだのかピザまんを包んだのかあまり記憶にないが、今は肉まんであることを祈るしかない。顔を上げた先、にっこりと微笑む美の化身とも言える少女から視線を逸らし、縁は思う。いつの時代もやはり女の子は怖い、と。