櫻里は歴史を遡ること約千年前、平安の頃に名を上げた家である。その時代の表通りでは疫病が猛威を振るい、肩で風を切りながら歩いていた貴族たちは揃いも揃って疫病に蝕まれ、次々に血を途絶えさせる有り様だった。

無惨な最期を遂げる貴族たちの中で唯一、本家筋だけではなく枝分かれした分家筋に至るまで一人たりとも感染者を出さない奇跡とも言える家系があった。それが後に最高権力者として君臨する櫻里である。

初代が女性であることから、代々直系に生まれた女性が当主を務める家として当時から好奇の眼差しで見られていたが、分野によって細かく分けられた政を任される貴族の家系は櫻里を除いてすべて潰えてしまっていることもあり、櫻里は加護を受けた女王の家と呼ばれ、表通りの統治を司るようになった。

ここまでは、書店や図書館の片隅へ置かれた日本史に関する書物には必ず記載されているであろう歴史の一部である。日本史を語る上で櫻里の存在を無視することは出来ないだろう。しかし史実に刻まれているものはあくまでも一部であって、書物に綴られた歴史が必ずしも「すべて」であるとは言い難い。

赤を愛し赤に沈んだ聖母、理想郷を求めた不変、氷の冷たさを持つ女王、春に愛され唯一の青を愛した母、賢者の愛を求めた雨、張りぼての正義と希望だけを拠り所に歩む刃、無生物でありながら生命を宿した夜の蜘蛛、誰にも愛されなかった緋、神を憎み進んではならない先へ歩んだ女帝、輪廻を抱く美しい化物、白き繭へ籠り絶望に沈む灰色、絶望せず何も憎まずただひとつの青に還ることを望む少女。

静かに息衝く箱庭を取り巻く人々は彼女たちのすべてを知らない。

女王が代われば、歴史も変わる。
歴史が変われば、民も変わる。
そうして櫻里は千年の道を歩んできた。崇められ、奉られ、敬愛され、気高き血を受け継ぐ女たちは閉ざされた世界を見る。