髪にふれて手を取って
制服姿の男女二人組。午後4時半、春の風がそよぐ中、緑間と紗枝は帰り道を共にしていた。
そんな折、緑間はくいっと服を引っ張られた。立ち止まり斜め後ろに立つ彼女を不思議そうな表情で見た。
「?何だ」
「あの、お願いです。少し屈んでもらえませんか」
「は?」
突然切り出された願いに緑間は理解出来ぬという顔をした。しかし、彼女は少しだけ楽しげな表情と声で続ける。
「お願いします。すぐ済みますから」
そう言われれば特に断る理由もなく。
「屈むといってもどのようにすればいい」
「ええっとですね…」
どのように言えばいいのか。悩んだ結果。
「…やっぱりそのままじっとしていてください」
呟いて手を伸ばした。
「なっ…」
その手はさらりと耳の横の髪にふれた。
「なななにを!?」
「あっ…動かないでください」
身を引こうとする緑間の腕を引き止め、言った。
「はい、取れましたよ」
「…」
彼女の指に摘ままれているのは、たんぽぽの綿毛だった。
一体どこから。近くか、それともはるばる風に乗って運ばれてきたのか。
一度咲いた花が次に繋ぐ生命。命を持って地面に根を下ろすためにはずが、途中で彼の髪に引っ掛かってしまったらしい。
そしてそれに気づいた紗枝が彼の髪に手を伸ばした、という訳だ。
事の全容を把握し、何となく微妙な気持ちになった緑間は一言小さく礼だけ言った。
どういたしまして、と返した紗枝。キョロキョロと辺りを見回している。
「どうかしたか?」
「うーん、折角なのでこの綿毛を…あ」
「緑間くん」
紗枝は彼の手にそっと触れた。それから握る。
「ちょっとついてきてもらえますか?すぐ近くなので、あまりお時間は取らせませんから」
「…あ、ああ。構わん」
「ありがとうございます。こっち、こっちです」
嬉しさを滲ませた表情を返し、小走りで紗枝は走り出した。
緑間は自分の手を引く女の子の進むままに任せる事にした。
「ここに来たかったんです」
紗枝が連れてきた場所、河川敷だった。
「ここならきっとまた咲いてくれると思います。生命力は強いというたんぽぽでも、コンクリートの上じゃ育ちそうにないので」
「…そのためだけにわざわざ?」
紗枝は横に並んだ彼の顔を見上げる。
「迷惑でしたか?」
「いや、迷惑ではないが…」
しかし、いつもこのようにふらふらと走り回っているのだろうか。何かの誰かのために。
「じゃあ離しますね」
手を離れ、ふわっと舞った綿毛はすぐに見えなくなった。風は弱いから遠くまでは飛ばずにこの辺りに根付くだろう。
育つといいなぁと呟く紗枝の表情は柔らかな温かさを感じさせる物だった。春の日差しによく溶け込む温度を持っている。
しばしの間そこに立ち止まり、そこかしこに咲く花たちと綿毛を目に収めた。流れる川のせせらぎが耳に心地よく、喧騒を忘れさせてくれる。
その間に綿毛がいくつ飛んだか分からない、時間にすれば十数秒。紗枝は緑間に目を移した。
「付き合ってくれてありがとうございました。緑間くん、この後どこか行きたいところありますか?」
「そうだな…いや、考えるのは歩きながらで良い」
「はい。じゃあ、とりあえず行きましょうか」
彼が隣を歩く彼女の髪に付く物を発見するまで、あと少し。
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