写真を撮る
※付き合う前の設定。本編にこのエピソードを挟む隙間はないので「もしも」という感じです。ヒロインちゃんだけ自覚済み。
目の前に立つのは身長195cm、学ラン姿の男子学生。携帯を片手に眼鏡に手をやる彼を、紗枝はぱちぱちと瞬きを繰り返しながら見つめていた。
なぜ、彼がこんな時間にここにいるのだろう。紗枝の疑問はそれのみだった。
「今日の蟹座は3位。そして、ラッキーアイテムが異性とのツーショット写真なのだよ。ならば仕方がないだろう。全てやむを得ない事なのだよ」
「…あの、それでしたら同級生の方に頼んだ方が良かったんじゃ…」
現在午前7時半。最寄り駅まで緑間から呼び出された紗枝は至極当然の意見を述べた。困惑と申し訳なさで眉を下げながら。
彼女の言葉に緑間は眼鏡を中指で上げると同時に口を開いた。
「…無駄に患いを増やしたくはない」
「患い?」
「以前、面倒事に巻き込まれた」
手を下ろせば苦い顔。眉間の皺は2割増し。よっぽどの面倒事だったのだろう。
「柚木ならばそのような心配などする必要はないだろう」
「…そうですか」
私は女の子としては見られてないって事なのかな。私も、その内の一人なんだけどな。
ふと揺れた表情はすぐに消え、彼に協力すべく頭を切り替えた。
「緑間くんは背が高いですから立っていると写すの大変ですね。座った方がいいと思います」
「…そうか」
「…あの」
「何だ」
「遠いです」
これじゃあフレームに入りません。続けた紗枝に緑間の表情が歪む。
「…しかしこれ以上は」
「…」
恥ずかしい、顔は熱いし、けど。彼にこんなに近づける事なんて滅多にない。
「緑間くん」
こんな事考えてしまうなんて、浅ましいかもしれない。だけど、
「ごめんなさいっ」
すがるように腕に両の手を添えた。
「こっ、これなら写りますから早く撮ってください…!学校遅れちゃいますよ」
近い…近い近い近い。見上げてくるその距離に目眩を覚えた。震える手、速まる心音。この時の緑間は初めて感じる近さに、紗枝の顔が赤らんでいた事にすら気が付かなかった。
「と、るぞ」
手ブレ補正があって良かった。揺れていようが静止している時と同様綺麗に写せるのだ。
教室の席に腰掛けながら、緑間はぼんやり携帯を眺めていた。
ラッキーアイテムだという事に偽りはない。
ただ、自分でも理解出来ない。なぜわざわざ彼女の所まで足を延ばしたのか。異性ならば学校にも掃いて捨てる程いる、というのに。
『緑間くん』
…いやいや俺は何を考えているのだよ…!
思考に落ち込みそうになったが、机を思い切り叩く音がそれを引き止めた。
「うおおっ真ちゃん!そんな写真いつ撮ったん!?」
「たっ高尾…!」
「え、何まさかもう二人って付き合ってんの?」
「は?」
「恋人との写真待ち受けにしちゃうとか、お熱い事で」
ひゅーひゅーと囃し立てる高尾に、緑間は声を失う。携帯がごとりと机に落ちる。すうっと息が吸い込まれ、彼自身も思った以上の声で否定の言葉が出た。
「違う!」
その後緑間は様々な言葉を並べ立て弁解を続けた。
しかし高尾は「はいはい」と受け流すだけで、携帯に映る彼と彼女の姿を眺めていた。
まだ近付ききれぬ二人、彼らがほんとうになる日は…近い?
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