鉛筆を借りる
※単行本5巻ネタです。
とんとん、と背中を叩かれた火神は後ろを振り返った。そこで彼の目に入ったのは、申し訳なさそうに少し眉を下げた紗枝である。
「ごめんね、火神くん。もしもう1本鉛筆あったら貸してもらえないかな。今日シャーペンだけ忘れてきちゃったみたいで」
「いいけど…っと」
火神は筆箱を開いて、一瞬手を止めた。それから、何かを手に取って紗枝に差し出した。
「…わり。今持ってんのこれしかねー」
「…火神くん、お参りでもしたの?」
受け取ったその鉛筆には学問の神様と名高い神社の名前が彫ってあり、下には「人事を尽くして天命を待つ」との諺がある。色々気になる所はあるが、見ていて一番目につくのは1234…と各面にふってある番号だ。
「それ、前に黒子から貰ったやつなんだよ」
何か嫌な思い出でもあるのだろうか。あまりいい顔をしていない火神に紗枝は首をひねった。
「黒子は緑間から貰ったんだと」
「えっ」
「つーか、それやるよ。俺は使わねーし、黒子はもう1本あるから返さなくていいっつーし」
あんなヤローの鉛筆なんか持っていても仕方がない。つか嫌だ。二度と使うかよ。
苦い顔をしている火神の後ろ。紗枝はまじまじと緑間特製鉛筆を見ていた。
「この数字は?」
「…これは、見た方が早い」
紗枝の問いかけを受け、火神は彼女の机に置いてあった日本史のワークを手にとった。ぱらぱらと捲り、選択式問題のページを開く。
「これ、問題読み上げずに問1とか10とか番号だけで言ってみろよ」
「…?分かった」
紗枝はとりあえず火神の言う通りにする事とした。ワークと鉛筆を交換し、問題に目を通す。問1から50まであるが、さて。
「じゃあ、問2」
火神はカランと鉛筆を転がした。コロコロ…と机を移動し、止まった。その面にある番号は。
「1」
問題を見れば、確かに答えは1番だった。
「…合ってる」
鉛筆と問題を交互に2度3度と見て、紗枝は呟いた。火神は再び鉛筆を手にとる。
「次」
「えっ、と…じゃあ問5」
「4」
「…問7」
「4」
「……問10」
「2」
「………問13」
「1」
紗枝が問題番号を読み上げ、火神が鉛筆を転がし答えを言う。これを繰り返し全15問ほどやったが、結果はなんと全問正解。紗枝は信じられないといった顔で机に転がる鉛筆を見つめた。
「…ぜ、全部当たってる…」
「ここまで来ると気味わりーよな」
火神は体の向きを前に戻した。朝食なのか間食なのか、パンの袋を開けている。
ガサガサという音を聞きながら紗枝は、この鉛筆に触れるのでさえ畏れ多いような、そんな気分になっていた。
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