購買は戦場
ここ誠凛高校には幻のパンが存在する。誰しもがそれを求め、そして数々の人間が脱落していった。
今日27日はイベリコ豚カツサンドパン三大珍味のせ(税込2800円)の販売日である。
「…何…これ…」
目の前の惨状を見て紗枝は呟いた。人、人、人。どこを見ても人しかいなかった。
これは嘆かずにはいられない。なぜなら、紗枝は今からここに突っ込んでいくのだから。
「柚木さんは知らなかったんですか?」
「…いつもお弁当だから、購買にはあまり来たことなくて」
「うわ今日もすげーな。俺もう行きたくねぇんだけど…」
「かっ火神くんでもダメなの!?」
「…まぁな」
紗枝の顔色が青くなる。何で、何で今日に限ってお弁当を忘れてきてしまったんだろう。
最初は火神に頼んでパンのひとつでも分けて貰おうかと思った。もちろんお金は払って。が、彼も今日は購買でパンを買う予定だったとの事。二人(黒子を加えたら三人)揃ってここへ来たのだがあいにく今日は27日。あとは見ての通りである。
「…命と午後の授業を天秤にかけるのはちょっと…」
「そこまで心配すんなって。ほら、女子もいんだろ」
「う…。そ、そうだね…そうだよね。じゃあ行こう火神くん…!」
がしっと火神の腕を掴んだ紗枝。口では行こうと言ったものの、完全に腰が引けている。そんな彼女に火神は眉をひそめた。
「…お前本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない、けど…行くしかない…。お昼はここを乗り越えた先にしかないんだ」
「そりゃそうだけどよ…その顔色」
紗枝の視線の先には罵倒が飛び交う戦場、無残にはじき出される人々。信じられない事に幾多の女子も果敢に飛び込んでいく。紗枝としては恐れ入るほどであった。だけど。
「よし火神くん、行こ…」
「柚木さん」
「!」
肩を叩かれた紗枝が勢いよく振り返ればそこには、黒子がパンを二つ持って立っていた。普段から売られている150円のパンがひとつと、もうひとつは渦中の代物だった。
「……どうしたのこれ…」
「買ってきました。これ、どうぞ」
言って黒子は二つとも差し出した。紗枝の目が見開かれる。
「いっ、いいよ!それにひとつは例のすごく高いパンだよね…」
「…そうですか。じゃあ、これは分けて食べませんか?すごく美味しいんですよ」
「……いいの?」
「はい」
ひとまず黒子は150円のパンを紗枝に渡した。それを見ていた火神が口を出す。
「黒子。柚木の分があんなら俺のは?」
「火神君なら買って来れるでしょう」
「は!?」
「大丈夫です。火神君なら出来ますよ。ボクは火神君を信じています」
「そこで信じてどうすんだよ!?」
「じゃあ柚木さん、行きましょう」
「えっ…!」
教室に向かって歩き出した黒子、「黒子テメェ…!」と腹を立てている火神。二人の中間地点に残された紗枝は困り果てた表情を浮かべ、戦場と化した昼の購買に立ち尽くしていた。
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