行く水 | ナノ


篝火花‐3

「紗枝ー!おっはよー」

朝。紗枝はもうすぐ校門という所まで来ていた。

そこで、寒さをものともしない元気な声がかけられた。


振り返れば、親友が笑顔で手を振りながら駆け寄ってきていた。


彼女に会うといつだって元気を貰える。

紗枝もつられて笑顔になった。

「おはよう。夏子ちゃん」

紗枝が立ち止まって待っていると、夏子が横に並んだ。一緒に歩き出す。


「いやー、今日も寒いね」

「そうだね。流石にマフラーとかないときついかも」

「今日はばっちり防寒してきたわよ。この通り耳当てもね」

「かっ…可愛い…」

紗枝は目を輝かせた。

彼女が見つめているのは、ふわふわとしたピンクブラウンの毛並みをもつ耳当て。
女の子はふわふわとした物に弱いのだ。

その上紗枝は耳当てを持っていなかったため、なおさら憧れが強まる。


夏子はそんな紗枝の様子を見て、優しく笑った。

「ほら、校舎までちょっとしかないけど貸したげる」

そう言って彼女は紗枝の前に回り込んだ。
立ち止まった紗枝の頭に持っている耳当てをつける。

「どう?暖かいでしょ」

「…ありがとう」

嬉しそうに二人は笑いあって、それからまた学校へ歩みを進めた。



校門をくぐったころ、夏子がこんなことを言った。

「そういえば紗枝はさ。クリスマスどうするの?」

「クリスマス?もちろん家族と過ごすよ」

「えっ…彼氏は!?」

夏子は面食らった様子で紗枝を見つめた。

対する紗枝は目をぱちくりさせている。


「…?」

「だ、だって…クリスマスって言ったらカップルで過ごすものでしょ!」

「え…」

「ま、まさか知らなかったの!?」

「う、ううん。そういう風習があるのは知ってるよ」

「じゃあ何で!?」

夏子が強い口調で問うと、紗枝は足を止めた。

顔は少しうつむきがちだ。

「クリスマスって大切な人と過ごす日だから…家族だってもちろんそうだし…、それに」

「それに?」


夏子が首をかしげれば、紗枝は少し寂しげな笑みを浮かべた。

「…緑間くんには大切な大会があるから。試合だけに集中したいだろうし、疲れてるところを一緒に過ごしてくださいなんて言えないよ」


「……そっか」

夏子は紗枝をじっと見つめてぽつりと呟いた。


この子は本当は会いたくて仕方ないに違いない。でも、身を引いている。

相手の方は気づいているのか、いないのか。


こういう所は紗枝の良いところでもある。
だけど、その姿勢がいつか仇とならなければいいんだけど…。


夏子は軽く息をはいた。

「…ま、年が明けたら存分に会いなさいよ。そして私への紹介もね」

「…うん」

紗枝が笑顔で頷いたのを見て、夏子は歩き出した。

「さて、と。1時間目から古文かぁ。眠い授業だわ」

んー、と伸びをする夏子。
彼女の横で紗枝は真面目な顔をして言った。

「確か今日、小テストやるって言ってたね」

「嘘っ!?やばっすっかり忘れてた…!」

「じゃあ教室行ったら一緒に復習しよっか」

「…あ……ありがとううう!!」

夏子は紗枝に思い切り抱きついた。

登校時間真っ只中。校舎に向かう人はたくさんいる。

女子生徒が抱き合う姿に通りがかる人は何だ何だと目を向けてくる。


紗枝はかなり目立ってしまっていることに顔を赤くした。

それとともに、弱々しく親友の名前を呼んでいた。早く離してほしいと願いを込めて。




空は晴れていて雨も雪も降りそうもない。

穏やかな1日の始まり。



まさか、嵐の前の静けさだったなんて誰が思うのだろう。


このときはまだ、少し寂しいだけだったのに。



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