行く水 | ナノ


篝火花‐2

「ダメダメここは絶対に譲れないんだから!」

「俺も譲れないな」

二人の横で店員は困り顔をしている。

在庫ならありますよ。

しかし、徐々にヒートアップしていく客同士の口論に動揺が止まらない。


「嫌よ渡さない!」

「それはこちらの台詞なのだよ」


少女は大きく息を吸う。

男は眼鏡を上げた。


「だって!」
「なぜなら」

二人の声が重なった。


「今日の蟹座のラッキーアイテムなのよ!」
「今日の蟹座のラッキーアイテムなのだから」


「…」

「…」


同時に言い放たれた言葉に、両者沈黙した。

二人とも口を開けてお互いを見ている。


少しの間動かないでそうしていた。


が、やがて男は目を逸らしつつ口を開いた。

「…そういった理由ならば、引いてやらないこともないのだよ」

「…え」

微妙に苦い顔をしている。

少女は呆気にとられたまま、動けていない。


男は持っていた花を店員に渡した。

するとすぐに踵を返し、何も言わずに店を出ていった。


「……あのう…買われていきますか?」

「…」

店員の呼び声にも反応せず、少女は彼が去った方向を見つめていた。













「おはよ。深雪ってば…また持ってきたの?」

「当然よ。ホントよく当たるんだって!」

「あーはいはい。そうだねー」

「全然そうだと思ってなくない!?」

「…ていうかあんたくらいよ。そんなに占い信じてんのは」

「…」

「どうしたの黙っちゃって。マジメな顔してるし」

「…何でも」

「そ」


それだけ言って、深雪と呼ばれた少女の友人は机の上に置かれた雑誌に目を戻した。


「何それ」

「見りゃ分かるでしょ。月バスよ」

「…ああ、バスケの…」

花を机に置き、雑誌に目をやった。


ウィンターカップ本選は年末…。ウィンターカップってバスケの全国大会か何か?わざわざ年末にやるなんてご苦労なことで。


…ま、バスケには興味ないし。いっか。


深雪が鞄を肩から下ろそうとしたその時、友人がページをめくった。


そこで彼女は目にした。

「…っ!」


ばんっ!

勢いよく机に手がつかれた。


「うわっ!?」

驚いた友人は机から身を離す。


「ちょっと貸して!」

机の上に置かれた雑誌を奪い取り、あるページを凝視する。



「…緑間、真太郎…」

「あー。バスケ界だとすっごい有名だよその人。天才なんだってさ」

秀徳高校1年生。

今大会No.1シューター。

キセキの世代の一人で、他を寄せ付けぬ超長距離3Pシュートが持ち味。彼のシュートは姿勢を崩されない限り成功率100%。


…つまり。

高身長、容姿オッケー、運動超オッケー。

そして何より。


「き…きた…」

「は?」

深雪は震える手で雑誌を置き、鉢植えを持った。


この花を見ると、彼を思い出す。


今日の蟹座のラッキーアイテム、シクラメン。


あたしと同じ、おは朝信者。


「運命の出会い…!」



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