行く水 | ナノ


いま恋をする‐2

時間は昨日に遡る。



昨日は緑間が残って練習をするということで、高尾は先に体育館を出ていた。


空にはぽっかりと月が浮かんでいる。


あー、寒っ。

白く消える息を吐きながら首をすくめて、校門を見た。


そういやあの子、また来てんのかな。

…まあ、いるだろうな。真ちゃんもなんか微妙に疲れてたし。


校門を出れば、やはり期待通り。


「…君、また来たわけ?」

彼女は校門のところに寄り掛かって携帯をいじっていた。高尾の声で顔があげられる。


「あ、こんばんは。あなた確か…」

「高尾和成」

「そうそう、高尾君ね」

深雪は携帯を閉じて鞄にしまった。

高尾と向き合う。


高尾は手を腰に当てて、呆れたように笑った。


「緑間以外にはまるで興味なしって感じ?」

「まあね」


悪びれもせず、深雪は言った。

ここまであっさり本音を吐露されるといっそすがすがしい。


「連日連日よくやるねー。寒くないわけ?」

「そりゃあ寒いよ。当たり前でしょ。けど…」

一旦切って、目線を下げた。

「…本当に好きなんだもの。彼に振り向いてもらうためだったら寒さだって苦じゃない」

そう、本当に。


「いくら好きっつったってさぁ、限度ってもんがあるっしょ。俺らも大会近いから邪魔しないでもらいたいんだけど」

「これはあたしと彼の問題でしょ。あなたには関係ないじゃん」

「それがそうも行かないんだな〜」

「…なんで?」

深雪の眉がひそめられる。


この高尾という奴は少し気に食わない。

笑顔で親しげなくせに、何でもお見通しみたいな顔して。

腹の底では何を考えているのか分からない。

そう思わせる態度をわざととっているような、そんな態度が気に入らない。


不快を含んだ深雪の視線を余所に高尾は彼女の問いに答えた。

「緑間はうちの部のエースだし?それにあいつの彼女も俺の友達だからねー」


高尾の口から「彼女」という言葉が出た瞬間。深雪の表情が笑みに変わった。


「…あなた。彼女のこと、知ってるんだね」

「何、緑間から聞いてねえの?」

「だって彼、全然教えてくれないんだもん」

深雪は口をとがらせて、足下にあった石をこつりと蹴った。

コンクリートの地面に当たってカラカラと音を立てる。


「そりゃ知ってるけど…」


転がる石をちらりと見送って、高尾は深雪に視線を戻した。


「ま、勝ち目のない勝負なんてやらない方がいいんじゃねぇ?」


深雪の顔から色が消えた。


「…どうしてないと言いきれるの?」

少し、声が低くなる。


高尾は首をすくめた。

深雪から視線を外して学校の方を見やる。

「それはまぁ」


体育館ではあいつが黙々と練習しているんだろう。

それの邪魔も、彼らの邪魔も、俺はさせたくないわけで。


つうか前々から思ってたけど、俺ってかなりのお人好し?


付き合う前も二人のために動くことなく、緑間をからかうだけからかって放置というのも有り得る選択だった。

正直、緑間が焦ったり怒ったりするのを見るのは楽しくて仕方がない。

そのためだけというわけではないが、だから、9月も終わるあの頃、彼女に会いに行ってみたのだ。


だけど、実際にあの子と会って、彼女から緑間に対する思いを聞いたら、何だか知らないが背中を押したくなった。

それに、あいつとあの子が二人でいるところを見ると、嫌な気はしない。


俺が動く理由なんて、ただそれだけだ。


「君風、いや、真ちゃん風に言うと、彼女はあいつの「運命の人」だから?」



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