行く水 | ナノ


水底‐1

紗枝はとてつもなく肩身の狭い思いをしていた。

なぜなら、目の前にあの黄瀬涼太が座っているからだ。



「ここなら静かに話せるっスね」

「は、はぁ…」

あれから場所を移動し、2人はとある喫茶店にいた。

女子が苦手という笠松はもちろん帰り、夕飯の仕度を任されているという夏子は泣く泣く帰っていった。

残された紗枝は何だか泣きたい気分になりながら、黄瀬のあとをついてここまで来たのだった。


紗枝は慣れない相手に緊張が伝わらないよう、両手でコップをいじっていた。


それを見つめる黄瀬。


全然予想と違う。

黄瀬が驚いたのはそこだ。

あの緑間と付き合うくらいだから、相手も相当アクの強い人間だと予想していた。

そうでなければ、緑間についていけないと思っていたから。


しかしそれがどうだ。

目の前に座る女の子は普通そのものだ。ちょっと気の弱そうな普通の女の子だ。


いや、ぱっと見普通でも中身は凄く特殊な子だったりするんだろうか?


…まあとりあえず、色々聞いてみるか。


「紗枝ちゃんはどうやって緑間っちと知り合ったんスか?」

黄瀬の声に紗枝の手が止まる。それから、ゆっくりと話しだす。

「私の高校で会ったんです。その日は誠凛高校の練習試合があったみたいで、それを見に来たらしいです。それで…」

「…それで?」

「その日の占いで運命の出会いがあるって言われていたみたいで、私をその人だと思ってくれたらしいんです」

「…」

緑間っち…。

黄瀬は身体から力が抜けるのを感じた。

ああ、そうだ。やっぱりそういう人だった。まともな出会いじゃないだろうとは思っていたけど、さすがにそれはないと思う。

「…よくそれで引かなかったっスね」

紗枝はコップに入る水を揺らして、少し微笑んだ。

「最初はびっくりしましたけど、実際に話してみたら優しい人だったので友だちになりたいなって思いました」


「やっ、優しい…!?」


がたんっと机が揺れる。黄瀬が思わず机の脚を蹴ってしまったからだ。


優しいとか、…うそだろ?


黄瀬は目の前の子の発言を疑った。

あの緑間を「優しい」と言い切る人には初めて会ったからだ。

しかもその上、友だちになりたい?

いつも上から目線で偉そうなのに、どこをどう見たらそう思えるのか。


「な、なんでそう思ったんスか?」

「なんで…ですか?そうですね…」

一度言葉を切って頭を傾けた紗枝を黄瀬はじっと見つめる。

一体どんな答えが返ってくるのか。息をつめて見守った。

ゆっくりと紗枝の口が開かれる。

「…上手く言えないんですけど…そう感じたというか、人を見捨てないような方だと思ったんですよね」

「…」

これまた黄瀬の予想を超える回答が返って来た。


黄瀬は声も出せないでいた。


この子は…分からない。



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