あの日‐5
紗枝の足が止まる。
気づいて緑間も足を止める。
振り返ると、背の高い緑間の顔をじっと見上げる紗枝がいた。
「緑間くん」
「…」
「…私を緑間くんの運命の人に選んでくれて本当にありがとうございました」
緑間くんのおかげで、私、変われたんです。
続けた紗枝の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「緑間くん、は。私を運命の人だと言ってくれた。だけど、私は…」
「…っ」
だけど私は?
『あなたを運命の人だとは思っていません』
緑間の頭にそんな言葉が浮かんだ。
そんなの、嫌だ。
絶対に嫌だ。彼女は、俺の好きな。
「緑間くんのこと…っ」
「柚木」
緑間の声が紗枝の言葉を遮る。
一番伝えたい言葉を出せなかった紗枝は瞬きをして、苦しげな表情を浮かべた。
「聞いてほしいことがある」
「…で、でも」
「いいから。黙って聞け」
凄みのある緑間の声に紗枝はうつむいた。
「あの日の占いで出たのだよ。柚木が運命の人だと」
「…」
「そこに俺の感情はなかった。ただ、運命を手に入れると、その一心だった。運命である君を手にするのが一番良い選択なのだと思っていたのだから」
「…う、ん」
紗枝の目から涙が流れそうになる。
やっぱり、そうだよね。
私のこと好きでいてくれるんじゃないかなんて、そんな、都合のいいこと起こるはずがない。
「…その、はずだったのだよ」
はずだった?
涙が止まる。
それって、一体どういう。
「…それなのに。俺はいつしか、柚木のことを…欲しいと思うようになった」
頭がついていかない。
紗枝はゆっくりと顔を上げた。
そこには、あの時と同じ、熱っぽさを漂わせた男の瞳があった。
「柚木」
「…は、い」
自分の心臓の音と彼の声以外の音が消えた。
「君が欲しい。そして君に選ばれたい。…君の、運命の男として」
望んでいた言葉。
叶うことはないと思っていた関係。
今までの名もない関係は終わりを迎えた。
「…柚木。返事を聞かせてもらえないか」
嘘じゃない。夢でもない。
彼は確かにここにいる。
私の目の前で、ふれられる場所にいる。
「…わ、わたしも…緑間くんの運命の相手になりたいです…っ」
紗枝の目から涙が零れ落ちた。
緑間はそんな紗枝の姿に驚いている。
しかしすぐに、「ありがとう」と言って、ほのかな笑顔を浮かべた。
瞬間、紗枝の手から荷物が落ちた。
「…っ」
紗枝はぎゅうっと緑間に抱きついた。
「お、おい…っ」
緑間は焦り顔だ。引き離したいと考えているわけではないが、反射的に紗枝の肩を手が掴む。人もいないし、誰も見てはいないが、一応ここは住宅地の一般道路である。
色々まずい気がした緑間はそっと彼女の肩を押そうとした。
「好き…緑間くん、好き…っ」
離す気はまるで失せてしまった。
「…〜っ…」
緑間の顔が一気に熱を持つ。手の力は一気に抜けた。
何で、この人はこんなに。
これほど心を掴まれる人など他にいない。
彼女は間違いなく俺の運命だ。
「柚木…」
「…う」
「前の続きを…しても、構わないか」
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