あとには引かぬ‐2
「なっ…何も、なかったが?」
「…」
「…何だその目は」
「いや顔あか…いってぇ!」
高尾の頭にバスケットボールが落とされる。
ボールの表面が微妙に濡れているのは緑間の手がじんわりと汗をかいているからだ。
「べ、別にこれはそういう、思い出したから赤くなっているわけではないのだよ。練習をしたから体が温まっただけだ」
「へえ…」
そっちがそういう態度なら、頭のお礼でもしてやろう。
高尾はにっこり笑顔を浮かべた。
「で、どうだった?初めてのキスは」
ぴしり、と緑間の体が固まった。口をぱくぱくさせている。
「なっ…なな…な…」
「あれ当たっちゃった?なんかそうだと思ったんだよねー」
「たっ…」
ぶるぶると震える緑間の手。
あ、やりすぎた?高尾がそう思った時にはすでに手遅れだった。
「高尾おおお!!」
緑間は昨日のことを激しく後悔していた。
前に黒子とした会話を思い出しては、昨日の自分を殴りたくなり、いたたまれない気持ちになるのだ。
『恋人同士でもない男女があそこまでスキンシップをとっていいものなのか』
『別にいいんじゃないかと思います。ただ頭に触ったり肩叩いたり、それだけです。そのくらい問題ないでしょう』
『…しかし、嫁入り前の娘が簡単に男に触らせるなど…』
火神と紗枝を前にした緑間は確かに黒子にこう言ったのだ。
このときはそう思っていた。間違いなく。
付き合ってもいないのになぜ、と思っていた。
だが。
昨日自分が柚木にしようとしたことは、頭を触るとか肩にふれるとかそんなレベルの話じゃない。
それを思い出すと、もう色々だめだ。
柚木のことが好きなのだと気付いたところまでは別に良かった。
だが、その後、どうしても彼女にふれたくなって。
その目に俺だけを映してほしくて。
そう思ったら、あんなことを。
一般的な男女の交際とは、
告白→手をつなぐ→キス
とか、そういうものだろう。
まだ告白すらしていないのに。
色々すっとばして俺は何をやろうとしていたんだ。
「いやあ、まさか告白もしてなかったとはね」
「…もうやめろ…」
のびていた高尾はすっかり復活して、緑間の肩を叩いている。
「じゃあ、まずは告白からいってみようぜ」
「…」
緑間は深い深いため息をつきたくなった。
絶対、こいつには言いたくなかったのに。
「がんばれよ。真ちゃん」
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