運命の人 | ナノ


吾木香‐4

「高尾は?まだ戻ってきてないの?」

「どっかで油でも売ってんじゃない?」

夜6時。先ほど秀徳高校バスケ部の本日の活動が終了したところだった。

部活休止中の高尾が戻らぬままに解散を迎えてしまっていた。


「じゃ、俺らはお先にー」

「お疲れさまでした」

「緑間も早く帰れよー」

ばらばらと帰っていく部員たち。
そんな中、緑間真太郎はいまだコートにいる。

彼の努力は並一通りではなく、人よりコートに残り、練習を続ける。

バスケで勝利を得る、という運命を引き寄せるためだ。


今日も静かな体育館に彼の放つボール音が響いていた。

シュート、シュート、ひたすらシュート。

見ている方がいつ終わるのかと気を揉むほどに続いた。



「真ちゃんお疲れー!」

「…高尾」

ちょうど今日のノルマを終えたところで陽気な声が緑間をつかまえた。
練習後にこのテンションは疲れる、とため息をついて、かけてあった苺柄のタオルで汗を拭いた。
今日のラッキーアイテムである。

「今日の偵察はどうだったのだよ」

「まあまあってとこかな。あ、そうそう、お土産あるんだよ。見るー?」

「お前…都内で土産も何もないだろう。一体どこで油を売ってきたのだよ」

「まあまあそう言わず。これを見れば疲れも吹っ飛んじゃうからさぁ絶対」

「いいから早く片付けを手伝え」

「入ってきていいよー」

「は…?」


入ってきていい?何を言っているのだこいつは。

そう思ったのもつかの間。

目に入ったものに見事に手が止まった。

「あの、こんばんは」

体育館の入り口にちょこんと立っているのは間違いなく、その人だった。

「…」

「な。俺の言った通りだろ?」

「な…」

見開かれた目に、手は震えていた。

「なんでここにいるのだよ!!」



体育館横の外灯の下に3人の姿はあった。

「ご、ごめんなさい。弁解のしようがありません…」

「だから学ランの男にはついていくなと言ったのだよ!」

「えー。真ちゃん俺のことそんな風に言ってたの?心外だなぁ」


「というかお前らここまでどうやって…」

「俺のチャリに乗って。ねー、紗枝ちゃん」

「はい。すみません高尾さん。はるばる…」

「いいっていいって。女の子と2人乗りなんて俺も得したし」

「高尾…変な考えは起すなと…」

「え?俺の親切心で連れてきてあげたのにそんなこと言う?紗枝ちゃん、こいつ君のこと迷惑だって言ってるよー」

「やっぱりそうですよね…。ごめんなさい…」

「べ、別に、お前が来たことは迷惑だとは言っていないのだよ」

「ぶはっ…ツンデレいただきましたー」

「高尾おおお!!」

紗枝は実際に2人の姿を見るまで確信出来なかったが、高尾は確かに緑間の相棒だった。ついでに言うと、悪友という言葉もぴったりだ。

高尾さん、きっと、心配だったんだ。

そう紗枝は思った。


「じゃ、真ちゃん。紗枝ちゃんのことよろしくね」

高尾は緑間の肩に手を置いた。

「は?」

「いやいや。やっぱり運命の人っていうくらいだし、真ちゃんが送らなくちゃね」

「お前が無理に連れて来たんだろう」

「そんなこと言って。俺にまかせていいの?もうあたりも暗いけど」

にこにこ笑いながら高尾は言った。

ぐっとこぶしを握って高尾を睨みつけたあと、緑間は紗枝に向き合った。

「…送ろう」





「まともに自転車を漕ぐのは久しぶりだ」

「普段は歩きなんですか?」

「ああ。それに、自転車で移動するとしても高尾に漕がせている」

「2人乗りするんですね」

「いや、リヤカーを引かせている」

「え、自転車でリヤカーを引いてるんですか!?」

「ああ」

「へ、へえ…」

どうしても時々の言動に置いていかれる。

やっぱりちょっと変な人だ。

紗枝は思いつつ、彼の背中を見つめた。


大きい、な。
さっき高尾さんにも乗せてもらったけれど、大分印象が違う。


この大きな背中にふれたら…。


紗枝の手が自然と彼の背中に伸びる。

完全に無意識だった。

驚かせようとかそういう気持ちからの行動ではない。

どうしてこんなこと?


わからない。


ゆっくり手はのびていき、あと少しでふれるところまできた。

指先との距離はあと3センチ。


そのとき、

「今日は高尾が迷惑をかけた」

緑間が口を開いた。

「っ!」

我に返り慌てて手をひっこめた。

自転車のバランスが崩れ、揺れる。

「きゃ…!」

「おい…っ!」

落ちる!そう思ったらぎゅうっと前の背中にしがみついていた。

恐怖心は羞恥心に勝るらしい。

すぐにキキイッという音がして、自転車は止まった。

「…」

「…」

「…あ、の…ごめんなさい…」

そっと体を離して紗枝はうつむいた。

暗くてよかった。
暗くなかったら、情けなくて仕方がない顔が見られていた。
その色も、鮮明に。

「…柚木。高尾に何か言われたか?」

緑間は紗枝をじっと見つめてそう問うた。

なぜ、今、聞くんだろう。

お願いだから、今は、やめてほしい。

「…ううん」

「そうか…」

しばらく、緑間は前を見て、紗枝はうつむいて、2人は動かないまま風と車の音だけが抜けていった。



「…じゃあ、帰るぞ」

「…」


緑間はペダルに足をかけた。そして一言。

「今度はちゃんとつかまっているのだよ」

「…はい」




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