定刻になっても姿を見せなかったアニーをアトリエまで迎えに行く。ここ暫く遅刻が無かったので安心していたが、根っからのサボり癖はそう簡単に抜け切らないようだ。
溜め息をつきドアをノックすると、まもなく彼女の教育係が現れた。お決まりのパターンだ。
しかし、ペペからは思いがけない一言。
「アニーならもう出かけて行ったぞ」
「………は?」
「大分早い時間に出て行ったけど、まだ着いてないのか?」
「……」
「……」
((エスケープか…!))
教育係とお目付け役の見解は一致した。
二人して顔を見合わせ、うなだれる。これが、リヒターゼンの街を捜し回らなければいけないという合図だった。
「え〜、アニー??今日は見てないなぁ」
最有力候補であるジェリアにこう告げられて、ハンスは肩を落とした。
彼女の行きそうなところは限りがあるから、目星をつけて聞き込み調査。効率的かと思われたそれだが、既に5ヶ所以上回って何も収穫が無い。
「なんなら、あたしも一緒に探そーかぁ?」
にへらと笑った彼女に、ハンスは口元を引きつらせた。
「いや…遠慮しておくよ。それより、そろそろ持ち場に戻った方がいい」
「えぇ〜!市民の手助けをするのが騎士団の役目だよっ!?ハンスくんのケチ!」
(魂胆が丸見えだぞ…)
十中八九サボりの口実であろう申し出を断り、ジェリアと別れた。道の途中で凄い剣幕の団長を見かけたが、気にしないことにした。
(一応注意はしたからな)
ジェリアに言ったら「薄情者〜っ!」と騒ぎ立てられそうな台詞を心の中で呟き、団長に同情した。
捜索を始めてもうすぐ3時間。手がかりすら掴めない状況に、ハンスは若干焦りを感じていた。
(他に…他に心当たりは無いか?)
考えても思い浮かばない。
探す場所を決めあぐね、足が止まる。そういえば、自分はアニーについて何も知らないのではないだろうかとそういう考えが頭をもたげる。
結構一緒にいることは多い気がする。書類上に書かれている情報は全て覚えている。でも。
こういう時、何処へ行ったか見当も付かないなんて。
「ちょっと、アンタっ!何うちの店の前でつっ立ってるのよ!」
どうやらここはレストランの前だったらしい。フィズが腕組みをしてこちらを見ていた。
「ああ、すまない。ところでフィズ、アニーを見なかったか?」
「アニーお姉ちゃんがどうかしたの?」
アニーの名前を出したとたんに、表情の変わったフィズに苦笑する。
「ああ。伝達事項があるから本部に来てもらう予定だったのに、何処にもいないんだ」
今までのことを伝えると、フィズは少し考えてすぐに首を振った。
「ううん、知らない。…でも、それだけ探して見つからないってことは、何かに巻き込まれたんじゃ…」
不安げな顔になったフィズにつられてか、ハンスの焦りも大きくなる。でも、それを目の前にいる少女に気付かせてはいけない。
「いや、きっと只のサボりだろう」
「アニーお姉ちゃんは、約束を忘れることはあっても、すっぽかすことはないもの!!」
慕っている相手に向かって何げにひどいことを言っているような気がするが、それはハンスも気になっていたことだった。
アニーは確かに面倒臭がりだが、約束事はきちんと守るほうだ。忘れている場合は除くが。
(無いとは思うが…もしや、本当に何か悪いことに巻き込まれていないだろうか)
「…とりあえず、もう少し範囲を広げて探すことにするよ。フィズ、ありがとう」
ちゃんと探しなさいよっ!という彼女の言葉を受けて、ハンスは足を早めた。
どうして自分はこんなに焦っているのだろう。ハンスは歩きながらずっと考えていた。
本当なら約束の時間に来ないアニーの自己責任なので、こんなにも一生懸命探し続ける必要は無い。いくら担当だと言ってもだ。
何か事件に巻き込まれているという確率も限りなく低い。低いのは分かっているのだけれども。
只の受け持ちの錬金術士のことがこんなに気になるのは、何故なのだろう。
思い返せば、彼女には結構迷惑を掛けられているような気がするが、担当になって後悔したことは一度も無い。
そして、いつの間にかその賑やかな慌ただしい生活が日常になっていた。
(そういえば、あいつがいない日々なんて想像つかないな)
ここまで存在が大きくなっていたことに気付いて愕然とする。
ふと、彼女の笑った顔が浮かんだ。
(あの笑顔をずっと見ていたいと思ったのかもしれない)
出来ることなら守りたいとも。そんな気持ち悪い言葉の羅列が浮かんできて、慌てて首を振った。
今はアニーを探すことが先決だ。
前方に噴水と花壇が見える。随分遠いところにまで来てしまったらしい。もう既に日は傾き、木々の影が縦に長く伸びていた。
「あら、ハンスさん。こんにちは」
後ろから声を掛けられ振り返ると、見知った顔があった。
「クララさん」
穏やかな雰囲気の女性はにっこり微笑んだ。彼女は実行委員が選出した公園の管理人だ。
「散歩ですか?今日はとても良い天気ですし」
「いや…まあ、そんなところです」
素直に人探しです、と言うのは何故か憚られて言葉を濁した。やはり、妙齢の女性と話すのは慣れない。
クララはハンスの言葉を受けて嬉しそうに微笑んだ。
「ここが皆さまの憩いの場になっているなら嬉しいですわ。今日はアニーさんもここにいらっしゃいましたし」
和やかな空気が流れる中、ハンスは聞き捨てならない台詞を聞いたような気がして頭の中で彼女の言葉を繰り返す。
そして、叫んだ。
「アニーに会ったんですかっ!?」
「会ったというか…見掛けた、かしら?」
急に大声を出したハンスに目を丸くしつつも、クララは言葉を続けた。
「あまりにも気持ち良さそうに寝てらしたので、声を掛けられなくて」
そう言って彼女は、少し先の木の影を指差した。
公園のベンチで器用にもぐっすり眠っている彼女を見て、心底ほっとした。
大方、散歩のつもりでふらりと立ち寄ったところ、そのまま寝てしまったのだろう。
怒ったような顔を作り彼女に歩み寄る。心配した、だなんて言える訳が無い。
「アニー、起きろ!」
「…ん、あれ…?ハンス、どしたの?」
「どうしたの、じゃない!今日は本部に集合だと言っただろう!」
「え……ああああぁ、もうこんな時間!」
「…まったく、君って奴は…」
「ち、ちゃんと行こうとしてたんだよ!知らないうちに寝ちゃってただけで…!」
アニーの慌てる姿を見て、いつも通りの日常が帰ってきたことを実感する。
安心から吐いた息を、溜め息に刷り替えた。セラ島に来てから大声を出すことが増えた気がする、と意識を逸らして。
差し込んでくる光が赤く染まりかけているのに気付いてはっとした。もうじき日が落ちてしまうだろう。
アニーの腕を掴んで引っ張り起こした。
「ほら、本部が閉まる前に急ぐぞ!」
「え、ちょっと、そんなに引っ張らないでよ〜!!」
前方を見つめ、半ばアニーを引きずるようにして早足で歩く。文句が聞こえたが一切無視。元はといえばアニーが悪いのだから。
掴んだままの腕に確かな温もりを感じて、ハンスはそっと笑った。
今はこれくらいが丁度いい、と。
恋人繋ぎは夢のまた夢
配布元:Aコース
発売日前に途中まで書いて放置してたやつなので、ぐだぐだな文に…(涙)
公園まで2日かかる事実はスルーでvv