※三年目設定なので、ネタバレあるかもです。





「これからちょっと散歩に行かないか?」

実行委員会本部からの帰り、レストランにて食後のお茶を啜っているときに、ハンスから珍しいお誘いがあった。

「え、散歩?」
「そう、散歩だ」

思わず聞き返すと、律儀にも同じ単語を返される。
ハンスから出てきた散歩という言葉が意外で、そのままじっと見つめていると、気まずくなったのか、ハンスはふいっと横に顔を向けて呟いた。

「…今日は月が綺麗だから」

小さくてもしっかり聞こえてきた台詞にアニーはほんの少し目を見張った。

「…ハンスって意外とロマンチストなんだね」

仕事以外の無駄なことは何一つしなさそうな人が、月が綺麗だからという理由で散歩に行ってしまうとは。

「違うッ!…いや、違わないが……とにかく、どうだ?」
「うん、行くよー。帰っても寝るだけだしね」

ハンスの挙動不振な態度も気にせず、アニーは二つ返事でにっこり微笑んだ。

「じゃあ、そろそろ出よっか」

フィズに声を掛けようと、先に席を立った。
だからその時、ハンスが何やら難しい顔をしていたのに気付かなかった。





レストランを出ると、三日月の光が辺りを照らしていた。
ハンスが言った通り、月はとても綺麗だった。空は曇ること無く、月の光を真っすぐ地上に届けている。

「今日の月はブラウウイングみたいだね〜」
「お前な…」

食べ物のことしか頭にないのかと、横でハンスが呆れているのが分かったけれど、そのまま空を見ながら歩く。だって、今丁度食べてきたんだから仕方ないじゃない、と思って。
アトリエへ帰る方向とは逆に向かい、高台のほうへ。街の中心部より自然が多く、建物が少なくなってくる。
しばらく歩くと、視界が開けた場所に出た。

「わぁー、綺麗!星が沢山見えるねっ!」
「そうだな」

零れ落ちそうな程の星空に感嘆の声を上げた。
賑やかな通りから離れたからだろうか、星の輝きが鮮明さを増したような気がする。月の光に消されることなく、存在を主張している。

「そういえば最近、空って見上げてなかったなぁ」

ここ3、4日はろくに外にすら出ていなかった気がする。そう思ってしみじみとしていると、横から声が掛かった。

「最近じゃなくて前からじゃないのか?」
「そんなことないよ〜…多分」

ひきこもりの前科があるので強く言い返せないのが痛い。確かに、本土にいたころの空の記憶はほとんど無いが、こちらに来てからは大分外の景色を眺める機会が増えた…と思う。

「でもやっぱり、久しぶりの外の空気はいいねぇ」

隣からため息が聞こえた。

「…家に閉じこもってたんだな」
「あ…」

ハンスにジト目で睨まれて、アニーは頬をかいた。
怒られるかと思ったが、彼はそれ以上何も追求してこなかった。

「はぁ……まあいい。それより、もう少し先まで歩いてみないか?」

ハンスは、そう言って道の先を指差した。





ハンスの選んだ道は、上り坂のオンパレードだった。日頃運動不足なアニーには少々きつい。こんなことなら着いてくるんじゃなかったと若干思いながら、階段を登る。
息が切れてきたところで、一歩先を歩いていたハンスが口を開いた。

「着いたぞ」

その言葉に上を向くと、視界一杯に広がる星空。月明かりが辺りの木々を照らしている。

「わぁ…」

幻想的なその眺めに、思わず声が洩れる。今までの疲れも忘れて残りの数段を駆け上り、ハンスの横に並んだ。

「アニー、後ろを向いてみろ」
「え?」

振り返ると、夜空に包まれるように、リヒターゼンの街がそこにあった。街の灯りがちらちらと燃えている。生活感溢れる柔らかい光。空には無数の星の瞬き。その光景に目を奪われる。

「うわぁ……凄い…。すごいよっ、ハンス!!」

興奮で頬が紅潮していくのが分かる。この感動を共有したいと思い、ハンスの方を振り向くと、彼は穏やかな顔でこちらを見ていた。

「…やっと元気な顔になったな」
「…え?」

驚きで目を見開くと、ハンスは「しまった」という顔をしたが、やがて何かを諦めたようにため息をついた。

「…今日落ち込んでいたみたいだから。気分転換になるかと思って」

ハンスの言葉に驚いた。自分では表に出していないつもりだったのに、気付かれていたなんて。

「あたし…そんなに顔に出やすいかな?」
「…いや、まぁ、付き合いも長いしな」

ハンスはそこで一旦言葉を切った。そして、逡巡したのちアニーを見つめた。

「開発の存続の可能性がアニーにかかっているのは事実だ。だけど僕だって方法を模索してるし、他の皆も頑張ってる。そのことを忘れないでいてほしいんだ」
「ハンス…」

理由も気付かれていたのか。
この島を救いたいのに、宝石の調合が全く成功しない。気ばかりが焦ってしまい、何事も上手くいっていなくて、そんな自分に嫌気が差していた。

「……アニーが心配なんだ」

目を反らして小さく小さく呟かれた台詞は、それでもアニーの耳に届いた。心が温かくなる。ハンスだって、委員会のことで大変だろうに。
もう一度、高台からの景色を眺める。
豊かな自然に囲まれた、小さな街。ここが、あたしの守りたい場所だ、そう思う。

息を大きく吸い込む。

「よーしっ、元気が出てきたよ〜!」

突然の大声にびっくりしたのか、ハンスの目が開かれる。それが妙に面白くて笑ってしまった。

「明日からも、頑張るぞっ!」
「だから無茶はするなと……おい、アニー!階段を駆け降りるな、危ないだろっ!」

走りだした足に急ブレーキ。
予想通り、慌てて追い掛けてきたハンスを振り返る。

「…ハンス、ありがとう」

面食らったような彼の顔を見て満足して、今度こそ階段を早足で降りる。でもきっと、本当のところは何となくこの場にいるのが照れ臭かったから。

「また今度、ここに来ようねー!」

大分距離が離れたところで声を上げると、今まで動かなかったハンスが、追い掛けてくる足音が聞こえた。

今度は、晴れた午後にここに来るのもいいかもしれない。きっと、今日とはまた違った表情を見せてくれると思うから。
そんなことを考えて、アニーは一人微笑んだ。

(きっとあたしは大丈夫!)














好きな単語を色々詰め込んでみました。
…私どうやらハン←アニ(無意識)が好きなようです。















「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -