ある聖夜の出来事
一年に一度の聖なる夜。
・・・でもはしゃぎすぎにはご注意を。
***
12月25日。
地球ではクリスマスの日。
ケーキや七面鳥といったごちそうを食べたり、プレゼントを交換したり。
家族、友人、恋人と楽しく過ごす日。
そんな素晴らしい行事が無いなんて損!
・・・ということで、この度、眞魔国でもクリスマス舞踏会が行なわれることになりました。
「ナマエ〜?入るわよぉ〜?」
扉の向こうから聞こえて来る声。
私は髪を梳かす櫛を置いて答える。
「はい」
扉の向こうの人物は、ドアを開いて私を見ると、ぱっと華やかな笑顔を浮かべた。
「まぁ、ナマエ!なんて可愛らしいのかしら!!さすが、私の娘ね!!」
「ツェリ様・・・ツェリ様の方が十分お綺麗ですよ。どうも私はこういうのは慣れてなくて」
目の前にいる上王陛下は、いつもよりもより華やかで煌びやかなドレスを着ている。
それはいかにも舞踏会など何十回と経験してきたであろうツェリ様らしく、完全に着こなされていた。
ところが、それに比べて地球生まれの自分はドレスを着ること自体が初めて。どうにも慣れない感が拭いきれない。
「うふん、ありがとう。でもそんなことないわ。とてもよく似合っていてよ?」
「ありがとうございます」
ツェリ様が櫛を手に取った。
「本当に、あたくしも一人くらい女の子が欲しかったわぁ・・・あ、今からでも遅くはないかしら」
櫛をくるくる回しながら言うツェリ様を鏡ごしに見て、つい笑ってしまう。
ついこの前、ヴォルフラムが「まったく母上は・・・」と有利相手に愚痴をこぼしていたのを聞いた。
パワフルなお母さんを持つとそれはそれで苦労があるようだ。
「あら、もう時間かしら」
ツェリ様に言われて時計を見れば、確かに刻限がせまっていた。
「行きましょうか」
「はい」
二人で部屋をあとにする。
廊下を歩きながら、ツェリ様が再び口を開いた。
「うふっ、きっと集まった殿方の視線はみんなナマエに釘づけになるわ。本当に・・・ナマエがあたくしの娘ならいいのに。息子たちの誰かに嫁ぐ気は無くて?」
ツェリ様の何処まで本気なのかわからない問いに今度はつい苦笑が漏れる。
近づいてきた会場からは、既に人々の笑い、喋り合う声や、オーケストラの優雅な演奏が聞こえはじめていた。
「名前?」
「有利。」
会場に入って早々、ツェリ様はお気に入りを探しに行ってしまった。
それから一人、音楽にあわせて優雅に踊る人たちを見ながら豪華な食事を食べていた私に声をかけてきたのは、他でもない、有利だった。
「お疲れさま、見てたよ。踊ってたでしょ?」
「え、ああ。まあな。名前は?一曲くらい踊ってくれば?」
一曲踊ってきた有利は心なしか、ほんのり汗をかいているように見える。
頬が赤い気がするのも、きっとそのせいだろう。
「・・うーん・・・正直あんまり気が進まないのよね。」
踊れないわけではない。だが、こういった公の場で踊れるほどかというと、正直自信はない。
ツェリ様に一度手ほどきをしてもらったくらいしか経験が無いのだ。
「ふーん。」
「あ、でも。」
「でも?」
有利が先を促す。それまで手にしていたグラスを一気に空にして、私は口を開いた。
「有利とならいいけど?」
「・・・・・・」
「有利?」
黙りこくってしまった有利を下から見上げれば、さっきとは違って、顔を真っ赤にしていた。
「?どうしたの?」
「あ、いや、別に・・・・・・・・・・・・今のは反則だろう」
「なんか言った?」
「いや、何でもない!何でもないから気にするな!!」
「?そう?」
「ああ。えっとそれじゃあ、・・・・・・踊っていただけますか?・・・お嬢さんっ」
「プッ、有利、顔真っ赤!!」
「悪かったな!!どーせ俺はコンラッドみたいに・・「はいはい。・・・踊るんでしょ?」」
ホールの中央の方へ歩み出ながら笑う。
曲が切り替わった。
数組のペアと入れ違いになる。
「私でよければ、喜んで。ユーリ陛下。」
「それにしても驚いたよなー」
ステップを踏みながら有利が口を開いた。
「なにが?」
「いや、俺と名前がクリスマスパーティーをやりたいって言ったら、何かすっげぇ大事になっちゃったじゃん?クリスマスパーティーっていうとさ、何ていうか・・・親しい友達とケーキ食ったり、たまーにノリのいいヤツがサンタの格好してきたりしてワイワイ騒ぐもんだと思ってたからさ。まさか舞踏会を開かれるとは」
「ギュンターがやけに張り切っちゃったのよね」
確かに。二人でクリスマスパーティーをやりたいと言った時は、有利が言ったような内輪だけのささやかなものを想像していたのだ。
それが、汁気たっぷりの王佐閣下のアリさんもびっくりな働きのおかげで、前日に提案され、実行すら難しかったはずのパーティーが、今や、国中から客を招いての大舞踏会となってしまった。
「ギュンターにはありがたいとおもってるけどさ、でも・・・いいのかな、こんな贅沢してて」
「あら、王様らしい発言。」
そう言えば、有利は急に拗ねたようになる。
「どーせ俺は王さまらしく無いですよー」
そう言ってむくれる有利がおかしくて、つい笑ってしまった。
「クスッ、ごめん、ごめん。そうね・・・今日くらいはいいんじゃない?それに、有利がこれだけは、って言って、城下に住む人たちは今日はお城に出入り自由、ごちそうも食べ放題になってるんでしょ?」
「まあ、そうだけど・・・」
「そうやって国民を思いやれるだけでもたいしたものだと思うけど?」
「そうかぁ?」
「そうよ、だいたい・・・・・・・・アレ?」
急に視界がグラついた。
「どした?」
「ごめん、何か・・・・」
何ていうんだろう、視界がフワフワしてる。
「名前?」
心配そうに有利が覗き込んでくるのがみえる。
でもそれ以上何も考えられない。
意識が遠のいていくのが分かる。
「名前!?名前っ!!」
「有・・・・・利・・・」
そのまま私は意識を手放した。
***
「まったく・・・・・ビビらせんなよなぁ」
目の前ですやすやと安らかな寝息をたてている名前を見て俺は一人ぼやいた。
ここは名前の部屋。
名前は倒れてすぐに自分の部屋に運ばれた。
少し前まではコンラッドやヴォルフもいたが、今は二人とも会場に戻って俺と名前の二人だけだ。
ついため息がもれる。
「まさか酒を飲んでいたとは・・・・・」
酒。それが名前が倒れた理由だっのだ。
既に倒れたとは言わないだろう。酔いが原因なのだから単純に眠ってしまっているといった方が正しいかもしれない。
名前が飲んだのは地球では見られない、眞魔国産のやけに強い酒だった。
もちろん、名前はそうとは知らずただ給仕から渡されたものを飲んだだけなのだろうが。
「・・ん・・・・・」
わずかにもれた声を聞いて名前を見れば、覚醒が近いのだろうか、目蓋がかすかに震えている。
「名前・・・?」
「ん・・・有利・・?」
名前の目蓋がゆっくりと開いた。
「大丈夫かよ!?お前、酒飲んで酔っ払って倒れたんだぞ!?」
上から名前の顔を覗き込みながら問う。
「ん・・・・・有利」
「よかった、大丈夫みたいだな。・・・あ、一応みんなにも目ぇ覚ましたって言っといた方がいいよな。コンラッドとか・・・って名前?大丈夫か?」
目を覚ましたはいいが、イマイチ頭がはっきりしないようだ。ボーッとしたまま反応を示さない。
安心したのも束の間、もしかしたら重傷かもしれない。そう思って誰か呼びに行こうとした、その時だった。
「ゆ・・・うり・・・」
「ん?ちょっと待ってろよ、今誰か・・・ってはいぃ!!??」
急に名前が抱きついてきた。
ちょうど肩の辺りにある名前の顔のあまりの近さに、思わず心臓が高鳴る。
「んー・・・・・」
ところが本人は俺の心臓なんかおかまいなしに、そのまま再び目をつむってしまった。
「ちょっ・・名前!?」
...さすがにコレはヤバいだろ.....。
とりあえず声をかけてみる。
「おーい、名前ー?ナマエさーん??朝・・・じゃないけど起きてもらわないと俺困っちゃうんですけどー?」
が、効果ナシ。
「スー・・・・・」
再び聞こえだした微かな寝息。
普段より少し幼く見える寝顔で眠る彼女をみて呆れながらも、なんだか微笑ましく思えてしまって、つい苦笑が漏れた。
「ったく・・・・・」
目の前の寝顔は、幸せそうに微かに微笑んでいるようにも見える。
「もうすこしだけ、だからな」
ふと窓の外を見れば、雪が降り始めたのだろうか、夜の闇に交じって、白い光が舞い始めていた。
「ちょっと遅くなったけど・・・名前、メリークリスマス」