main | ナノ


桜散る



今日は卒業式───



アリアside

『・・・』
今日から、この雷門中には登校しない。そう思うと、どうしても信じることは出来なかった。
それより、認めたくなかったこと。
「アリアちゃん!!」
たたた、と駆けてくるのは、クラスメイトの士郎だった。
「探したよ。まだ教室にいたなんて」
『・・・うん・・・』
そう。
片思いしている彼と、離れ離れになってしまうこと。

彼は、雷門卒業とともに、北海道へ引っ越すのだ。
サッカーで有名な白恋高校へ。
「・・どうしたの?元気ないね」
卒業証書を小脇に抱え、彼は私の表情を覗き込んだ。
思わず、顔をそむける。
「アリアちゃん?」
そのとき、窓に目が留まった。
校庭に、満開の桜。卒業式に飾るかのように、寒い中、咲いてくれていたのだった。
『・・・余計なお世話だ・・・』
「え?」
彼は、聞き取れなかった、とでもいうように顔を近づける。涙腺の限界点はさほど遠くない。
『士郎なんかどこにでもいけばいい...』
だから、悔しかった。こんなに自分は必死なのに。彼は、こんなに余裕な顔で。辛い。片思いの一方通行を、思い知らされているようで。

『知らない...もう、知らない』
そう言い捨てると、私は背を向けて歩いた。ボロボロと、涙があふれて仕方がなくなった。
走るたび、悲鳴を上げる古い上靴。
このまま消えてしまえたら。
そんなことを考えながら、廊下を走る。
私はバカだ。
最後なのに、もう会えないかもしれないのに。こんな態度をとってしまった。
士郎は、私の事を、可愛くない女だと思ったに違いない。
せっかく、私を探してくれてた。ほんとうは、嬉しかった...

立ち止まる。そこは屋上。

『またね、元気でね、士郎...』
言えなかった言葉たち。繕わないまま、あふれて。
伝わらない。
伝わることなんてない。

『士郎..ずっと、好きだったよ...』
絞り出すようにつぶやいて、泣いた。




side change in "士郎"

今日は、卒業式だった。それはすなわち、北海道へ飛び立つ前日でもあった。
だから、絶対にあわなければいけない人物がいた。
クラスメイトの、アリアちゃん。

ずっと好きで、今日告白しようと思っていた。
しかし、実際に彼女を目の前にすると、どうしても言えなくて。
北海道に旅立ったら、一生会えないのかもしれない。
だったら、これが彼女を目にする最後の機会。
それを、振られてきまずく過ごすなんて、絶対に避けたいことであった。
そうして、何とか平然を保っていると、ついには彼女を怒らせてしまった。

彼女の出て行った、どこか広い教室。ふと、彼女が見ていた窓の風景が留まる。
満開の桜。僕は、目を細めてそれを見つめる。
...彼女を追いかけなければ。
決心を固めた僕は、彼女の走って行った方向へ向かった。

それは、屋上。


屋上への階段を登り終え、扉の前にたつ。しかし、扉は開かなかった。
それは、彼女が扉に凭れていることを察っせられた。
『・・・バカ...私...』
声が、漏れてくる。僕は静かに、それを聴いていた。

『またね、元気でね、士郎...』
「・・・え・・・?」
『いえな、かった...あんなこと言いたいんじゃない...に..っ、.しろ、士郎...』
それは、僕の愚痴ではなく、むしろ、こっちが期待してしまうような言葉だった。
切ない声に、胸が裂けそうになりながら。
僕は、扉から漏れる声に、耳を傾ける。

『士郎...ずっと、好きだったよ...』

目を見開いた。聞きたかった言葉。
僕は、扉を開け放ちたい衝動に駆られた。

しかし、今、決心したのだ。


音をたてないように階段を下りていく。僕は、教室に戻った。窓辺に凭れて、目を閉じる。卒業証書を抱きしめて。
いつか、白恋高校で、日本に名を馳せるほど、凄いサッカー選手になれたら。
その時、アリアを迎えに行こう。
その時までに、彼女が僕を好きでいてくれなかったら。それまでの事だ。
あぁ、僕は何を怖がっていたんだろう。彼女も、僕を想ってくれていたんじゃないか。
恍惚感に包まれながら、僕は目を開けた。

校庭の桜は、さっきよりも輝いて見えた。







桜散る
散って消えていくだけの桜は
大人になっていく僕らを祝福して咲き誇った



back