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君を見つめる十秒間


最近、気になる女がいた。名前は、アリアと言った。そいつは、俺の隣の席で、妙なくらいに頭がよかった。しかし、クラスの輪とはどこか外れており、いつも窓際の席で一人で本を読んでるような、女だった。
比べ、俺は普通に勉強なんて嫌いで、当然出来るというわけでなく、また、クラスにもそれなりに溶け込んだ。まぁ、そいつらと特別仲がいいか、と聞かれたら話は別だが。
だからなのか、話しかけることなんて出来なかった。ジッとみることも、目があったらどうすればいいのかわからない俺にはとてもできない行為であった。しかし、ただ、彼女が気になっていた。
しかし、そんな彼女をジッと見つめても許される時間があった。
授業の始まる前の十秒間、黙想する時間があった。皆が目を閉じ、授業への集中力を高める時間。その十秒間だけ、俺は隣の席のアリアを存分に観察することが出来た。目を閉じていることが少しだけ残念だったが。
前髪で隠される整った顔。温かい日差しを反射する、病的に真っ白な肌。くらくら、俺の頭がそんな感覚を発した。
「止め」
誰かが号令をかけると同時に、俺は前を向く。少しだけ高鳴る心臓を否めない。
そのまま授業が始まる。意を決して、少しだけ隣を見ると、アリアはノートに目を落としていた。なめらかに動くペンの握られた手。それからしばし目を離せず、困った。


「えっと、倉間、くん?」
そんな俺に転機が訪れたのは、その授業が終わった五分の休み時間の時だった。そうなのだ。話しかけられたのだ、アリアに。
「何だ?」
返事をするも、俺は内心動揺しまくりだった。彼女がクラスの奴に話しかけるなど、それ自体が珍しいことであった。しかも、それが俺、だなんて。
「...い、いつも黙想の時、私の事見てるよね?...あれって、私、何かしたかな?」
何故だ、何故ばれている。穴があったら入りたい。全力で。そんな心境だ。背後から視線を感じ、振り向く。遠くにおもしろそうに首を傾げる浜野がいた。オイお前、今すぐに波乗りピエロで穴掘れ。
「...いや、とくにそういうのじゃ」
「...あ、ゴメンね、急に話しかけちゃって...迷惑だったよね?」
「そ、そんなこと!」
しどろもどろする自分に苦笑するアリア。俺はもうどうしたらいいか分からなくなって。
「来い!」
むしゃくしゃに彼女の腕を掴み、屋上へと引っ張った。




「...?」
不思議な表情をしているアリアに、俺は泣きたくなった。自分はいったい何を。
「悪い、俺、急に」
「あ、ううん、気にしてないけど、」
「・・・お前さ、何で誰とも関わったりしねぇの?」
不意に口をついて出た言葉に、アリアは顔を歪めた。その質問が地雷だったことを悟ったが、あとへ引くわけにはいかなかった。
「女子って、こう、群れるもんだって思ってたけど。お前は、いつも一人だろ」
「...」
彼女は空を見上げた。ふぅ、と何かを吐き出すように、息をした。
「私ね、関わっちゃいけないの」
「は?」
そのまま、トスン、と腰を下ろしたアリアは、どこか泣きそうな顔で。
「誰とも。お母様が決めたことは、絶対なんだ。...私は、勉強で常に一位を取ればいい。無駄な馴れ合いなど必要ない。...だって」
自嘲の笑みを浮かべる彼女は、半面、心底哀しそうだった。
「私はただの玩具なんだよ。お母様の言いなりの玩具」
そんな彼女を見ていることが出来ず、俺は彼女を抱きしめた。学ラン越しに、細い体が伝わって、俺はどこか憤りを覚えた。
「...お前は玩具じゃない」
「・・・っ」
「俺は、お前を知らないし、全くの部外者だ。でも、...」
小さく漏らした言葉。
「...ずっと好き、だったんだ。玩具なんかじゃない、アリアを、好きだったんだ」
その瞬間、糸が切れたようにポロリ、と、アリアの瞳から涙が零れた。
次第に、泣きじゃくるように嗚咽するアリアを、頑なとして抱きしめた。
キーン、コーン、
どこかで、次の時間を知らせる鐘が鳴った。
「...私、授業初めてサボるよ」
「いいだろ、一回くらい」
「お母様に、駄目って言われてたから」
「は?知るかそんなの。」
俺は、腕の中のアリアをじっと見つめる。黙想の時では閉じられていて見えない瞳が目の前に晒された。純粋に、綺麗な瞳だと思った。




つめる十

(その十秒間だけじゃない)
(ずっと、君を隣で、見ていられたら)




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