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君の温度は僕の融点


僕は猫だ。
白の毛並、蒼と黒のオッドアイ。

僕はそれなりに飼い主と呼ばれるものがいた。
しかしその人は、痛いことしかしなかった。
僕に首輪を繋ぎ、木の棒で殴られた。それを、何度も何度も繰り返された。
痛かった。苦しかった。何度も何度も、やめて、やめて、と泣いた。
ごはんもくれなかった。僕は盗みに出かけるしかなかった。

いずれ僕は、家に帰らなくなった。寒くて、冷たくて、悲しくて。ニンゲンとは、そんなものなのだ。鉛のように重たい目線を不意に思い出し、身震いする。

僕はお腹がすいていた。
しかし、食べ物などあるはずがなかった。いつも盗みに行っているお魚屋さんにも目をつけられたっぽいし、さっきごみを漁りに行ったけど、今日は当たりなしだ。
ザァァ、冷たい粒が僕の毛並を濡らしていた。雨は、嫌いだ。僕は体が冷えるとすぐにしんでしまう。だが、僕は動く気にはなれなかった。
このまま、この冷たいコンクリートと同化していけたら。
それはとても、幸せな事であるような気さえした。
『...あ、』
口が、何かを発しようとした。
『誰か、』
息が通らない喉を使って、必死に紡ぐ。不思議だな。誰も訊いてなどいないというのに。
『たすけて』







目を覚ますと僕は、何故か視界が開けて見えた。
立ち上がり、あたりを見回す。そこは、ニンゲンの住処だと察した。
「あ、目ぇ覚めたみたいだね」
背後から声を掛けられ、僕は盛大に毛を逆立たせて...、あ、れ?
『ひっ!?』
僕は、自らの腕を抱く。なんで。なんでこんなに僕、大きくなってるの。目の前のニンゲンは誰。僕はどうしちゃったの。抱いた腕には白い毛並がない。何、これ。これはなに。この、鏡に映った人間は何。...自分?
『僕、僕、』
「あ、ごめんね、ここ俺の家。道端で倒れてたから連れてきちゃった」
『あ、貴方はニンゲン?』
「え?変な事聞くんだね」
『僕は、ニンゲンじゃない!ニンゲンなんかじゃ、ない!だから、お前はニンゲンなのか!?』
自分でも、言ってる意味が解らないと自嘲した。ただ、僕が人間になっているという、なんとも受け入れがたいリアルに遭遇したのだ。
『僕は、ニンゲンじゃないの、お前が、お前が、ニンゲンがいけないの、』
「...ちゅーかよく解んないけど」
『ひっ、来ないで!』
目の前のニンゲンが近づいてくる。やだやだ、もう、痛いのは嫌。怖い。怖い。
「...君、名前は?」
『な、...名前なんて、な、い』
「ふーん。で、君は猫なの?」
『・・・そう』
僕は必死に目の前の男を睨みつける。その反動でか、耳とお尻に違和感。瞬間、ピコン、と音がして、耳と尻尾が飛び出した。あぁ、ほら見ろ、僕は猫じゃないか。安堵のため息を漏らすと、目の前のニンゲンが吃驚したような表情を見せた。
「...本当だ、猫だ」
『貴方は、何?』
「えー俺?俺は、浜野海士!」
ニパッと笑って言う彼。僕は、少し拍子抜けする。
僕の知っているニンゲンは、そんな表情で笑っただろうか。そんな、温かい声音をしていただろうか。
「それ本物?触っていい?」
僕の耳と尻尾を見てうずうずしているカイジ。
『別に、いいけど』
「わー、やった!」
こんなにも容易く、僕の身体にニンゲンが触れることを許可した僕自身に疑問を持った。ニンゲン。いったい、それは何なのだろう。
「うわ、ふわふわ!取れないし、本物だー!」
『...カイ、ジ』
「ん?なに?」
『貴方は、僕を叩かないの?』
そういうと、カイジはきょとんとした顔を見せた。
「え?」
『貴方は、僕を叩いたり、木の棒で殴ったり、熱湯をかけたり、しないの?』
問うというよりは諭すような口調だった。カイジは、何処か放心したように僕を見ている。
「...虐待、」
『そういうのかも、しれない。...カイジは、』
グ、と腕が掴まれた。全神経がそこの集中する。あぁ、怒らせたか。カイジも、結局は人間なのか。
恐怖というよりは、あきらめに近い感情が押しあがってきて、僕は力を抜いた。しかし、予想していた痛みはなく、僕はカイジの胸の中にすっぽりと収められた。
「誰?そいつ」
『え、』
「だれ」
強い口調で言われ、僕はパニックに陥る。あんな奴等の顔なんて、もうとっくに覚えてなどいない。
『わから、な、』
「...そ、か。...ごめんね?なんか」
『いや、』
苦笑して言うカイジ。僕はただ、初めて触れたニンゲンの温かいぬくもりに、溺れるような感覚を覚え、息をした。
『...カイジは、いい人?』
「んー。まぁ、君を面倒見れるくらいには」
『...それって、』
「ちゅーか、俺が拾って来たんだし。俺が飼うのって当たり前じゃね?」
髪をさらり、と撫でられ。
『...カイジ、』
「今日からよろしくね、アリア」
『...名前』
「今勝手に付けた!可愛くね!?アリア!」
『...何それ』
「え!?何で!?」
あぁ、この湧き上がる感情をなんというのだろう。優しい、温かい、気持ちいい、嬉しい。そんな陳腐な言葉では、その全てはあらわせていなかった。
温かい寝床。ごはん。そんなものは、僕は本当に欲してはいなかったのだろう。
本当に欲したのは。求めたのは。隣を歩んでくれる君でした。





君の僕の
君の温かい言葉に
不覚にもとろけそうになる自分がいる




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長編書きたかったけどこらえました(・ω・`)


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