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墜落論


俺は、屋上に転がって空を眺めていた。いつもなら内申を気にしてサボりなんて絶対にしないのだが、今日は教師が出張で自習だ。今サボらずにいつサボれというのだろう。
ふわふわと浮かぶ雲を、じっと見つめる。
空の色は倉間だな。それか、狩屋。この雲は、何となく松風の髪形を連想させる。
意味もなく、色をチームメイトに例えるという思案を始めた。しかし、それはあるもので行き詰った。
太陽。
太陽は、例えるとしたらなんだろうか。
考えるが、出てこない。俺は目を閉じる。すると、フッと視界に影が差したのを感じた。ゆっくりと目を開けば、そこには見慣れたチームのマネージャー、アリアがいた。
『南沢さんがサボりなんて。珍しいですね』
「...お前いつからそこにいた」
『南沢さんが「む...太陽...」って呻いてた時からです』
俺はバッと口を押えて体を起こす。
「...聴いてたのか」
それ以前に口に出てたのか...
何と恐ろしい
『はい!大丈夫ですよ、録音してないんで』
「それ盗聴っていう犯罪だからな」
引きつる笑みで言ってやるとアリアは、物的証拠なんて残しませんよ、と満面の笑みで言った。
「...で?何の用だ」
『いえ、特にないです』
「帰れ」
俺は給水タンクに背を凭れる。これが最後のサボり時間かもしれないんだ。こんなやつに邪魔されてたまるか。
『今から授業戻るなんて自傷行為ですからマジ無理です』
しかしそんな俺の渇望もつゆ知らず、彼女は言った。
「じゃあ場所変えろ」
『...南沢さんが屋上で独り言言いながら唸ってたって言いふらしてきます』
「ここに居ろ、頼む」
言い換えると彼女は至極楽しそうな顔で、お隣お邪魔します、と隣に座った。
『...南沢さん』
「・・・んだよ」
『楽しくなさそうですね』
「お前がいなけりゃ楽しいよ」
『あ、酷い』
「酷いのはお前だ」
そう言い放しても、ケラケラと笑を崩さないアリア。まったく、疲れる。
そう思いながらも、退屈しないとどこかで嬉々としている自分もいる気がして、俺は頭を振った。
『...南沢さん』
「あぁ?」
『さっき、太陽がなんちゃらって言ってましたね。あれ結局なんだったんでしょう』
「教えるわけねぇだろ」
『全国のみなさーん、ここにいる極上のお色気男子がなんと屋上で寝ころびながらふにゃふにゃ独り言言ってブフッ!』
「分ったから黙れ。吹くな」
言ってる途中で噴出しやがったコイツの頭に手刀を入れ、俺は面倒くさいながら話してやる。俺優しくね?
「見えるものを、サッカー部のチームメイトに例えてたんだ」
『見えるもの?』
「空の青が倉間と狩屋で、雲のあのふわふわ感が松風で、」
『へぇー。南沢さんって案外乙女いだっ』
「言うな」
もう一度手刀を入れ、俺は静かに続ける。
「で、太陽が何かわかんなくて、」
『・・・』
手刀をいれられた頭を押さえながら、アリアは俺を見ていた。
『...あのフェンスは南沢さんです』
「は」
そして不意に突拍子もなく言う彼女に、流石の俺も唖然とする。
俺がフェンス?
『だって、ここから飛んだら死ねるわけじゃないですか』
「・・・?」
立ち上がって、フェンスの目の前に立つ彼女。
『それでも、できない。それはこの高いフェンスが在るから、僕は一歩手前で押し留まる。...在るだけなのに、僕の運命をこうも大きく変えたっていうことです』
ガシャン、とフェンスを掴む音。俺は、それを呆然と見つめている。
『...南沢さん、僕、貴方の事が好きです』
さっきまであんなにヘラヘラ笑っていたアリアがあんなに、切なそうな顔をしている。
俺は咄嗟に目を伏せた。どうして。どうしてこんなに揺れるんだよ。
「...アリア」
『なのに、たまに思うんです』
貴方さえいなければ僕もいなかったのに。
アリアはそう小さくつぶやいて、けろりと笑った。
『最低でしょ?』
ガシャン
フェンスの音が反響した。
「・・・もう、やめろよ」
『でも、僕、気付いたんです』
「やめろって、」
自分の手が、微かに震えていることに気付いた。俺は、思わず手を伸ばす。目線の先には、いつのまにかフェンスの向こう側にいたアリア。
『僕が勝手に、フェンスを理由にして飛び降りなかっただけなんです。ほら、僕は簡単に落っこちる事だってできる』
「やめろ!」
フェンス越しに彼女の袖を掴み、アリアを引き上げた。
ドサリ、と床に倒れ込む二人。
『...僕は、こんなところに居たいんじゃない』
虚ろな何もうつさない瞳が俺を見据えた。
その目がゆっくりと閉じられた。押し出されるように、涙が溢れて、一筋こぼれた。








(僕はずっと、貴方を照らす太陽になりたかった)


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