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花束を、



よく解らない、変な感情に駆られることがある。
そんな自分が、とても奇妙で、恐ろしいもののように思え、僕は自分の身体を抱きしめる。細く骨ばった、肉感のない腕を赤く跡がつくほど抱きしめ、僕は悪くない、と狂ったようにつぶやく。がくがくと腕が震えて、震えて、仕方がない。
僕は弾かれるように立ち上がり、棚を漁り、それを手にする。あぁ、もう止めるはずなのに。二度としないと誓ったのに。
僕は、それをおもむろに注射器に詰め、乱暴に肌にを突き刺して、指に力を込めた。
急激な血管の異物感に、腕が酷く傷んだが、もうそんなことは気にならない。僕は悪くない。悪くないんだ。

半分ほど入れたところで、僕は安堵感と同時に罪悪感に見舞われる。
もう、このまま注射器を横に倒してしまおうか。
そうすれば、針は折れて、僕の中を彷徨い、いつかきっと僕の核である部分を突き刺すだろう。あぁ、そうすればきっと、この行為から解放される。
僕はゆっくりと、手を右に傾けた。目を閉じる。理不尽なな針の動きに、腕の中が悲鳴を上げた。痛い。痛い以上に、あぁ、この感情をなんというのだろう。
ゆっくりと、ゆっくりと。




目が覚めたら、僕はいつも通りあいつの部屋に居た。
「...目、覚めたか」
僕は、振り返る。倉間典人、...いわば幼馴染だ。
「何?」
僕の敵意ある視線に彼はため息をつく。
「お前もうしないって約束しただろ?」
そういっては、あれと注射器の入った袋を床にパサリと落とす。そして、それを踏みつけた。注射器は、無残な音を立てて砕ける。
「...僕、...無理だ」
僕は、にっこりと笑んでいた。何故そうしているのかなんてわからない。ただ、許しを請うように笑顔だった。
「...もう、正常に戻ることなんて出来ないよ...」
助けを求めるように、視線を倉間に向け続けた。
倉間はというと、掃除機を取り出してきて、床に散らばったあれを吸引していく。
そして、掃除機からごみの袋を取り出すと、全てをトイレに流した。
「これで、何もないぜ」
それを捨てるくらいで解放されたら、どれ程楽だったか。
「また必要になったら、きっと僕は体を売ってでもそれを手に入れようとする」
「じゃあ俺がここに縛り付けとく」
そう言った途端、それを予測していたかのように倉間の手は僕に伸びた。
両手を後ろ手に、面倒くさそうに、でも鬱血しないように丁寧に縛った。
「...なんで」
「...フン」
頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、僕は髪を直そうとするも、出来なかった。僕は意味が解らなかった。何故か、腕に包帯が巻かれていることに気付いた。僕は、やわらかいベッドの上に這いつくばりながら、倉間を見つめる。
「なんで、こんな僕に構うの?」
彼の不器用な優しさを直に感じて、僕はもう泣きそうになっていた。あぁ、惨めで格好悪い。
「僕の事を笑えばいいし、罵ればいいじゃない?僕のパパとママみたいにさ。...どうして優しくするの、僕を助けようとするの!?意味がわからないよ、...僕、...もっと惨めになるじゃん...もう偽善なんていらないんだよ!!」
アニメや漫画のように、この手を縛る紐を引きちぎれたら、と不意に思った。
しかし、僕にそんな力はない。
自棄のように言い放った僕に、倉間はすこし目の色を鋭くする。
「...知るかよ」
僕は涙を払おうと、目を強く瞑った。しかし次の瞬間に、唇に何かやわらかい感触を感じた。
「・・・あ、」
「黙って俺に感謝しとけ。だからもう自殺なんて考えんなよ、わかったか」
カシャン、と目の前に突き付けられたのは折れた注射器の針。わずかににじんでいる血は、自分のものだ、と何故か確信した。
「お前はまだやり直せるんだから」
不意に、倉間が今まで見せたことのないような、優しい笑みをした。
それを見たら、何故か安心して、全てを彼に捧げてもいいような、そんな浮遊感を感じた。




を、
(少しだけ、頑張ってみるのもアリかなって。)


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