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そこにいたのは、話したこともない先輩ででも名前だけなら私ですら知っている人だった。

『笠松先輩…?』

私がそう名前を呼ぶと、笠松先輩は弾いていた手を止めて私の方を見た。そして驚いた顔をして。

「…誰だ?」

そう言った。私は、小さく息をのむ。

『あの、ギターの音が聞こえたので。誰が弾いてるのか気になってしまって』

私がそう言うと、笠松先輩はああ、と言って頷いた。私は笠松先輩のいる教室に入った。少しずつ歩み寄る。

『バスケ部ですよね。なんでギターを?』

そう聞けば、笠松先輩は目をそらしながらぼそりと答える。

「文化祭でバンドそのときだけ組んで弾くんだ」

その言葉に私も納得した。なるほど。

『お上手ですね』

私がそう言うと、笠松先輩は持っていたピックを落としてそんなことねぇよ!と言った。落としたピックを拾って手渡せば、ぶっきらぼうに礼を言われる。

「ありがとう。すまねぇ」

悪い人ではないみたいで、私はもう少し笠松先輩と話がしたいなと思った。

『何の歌やるんですか?文化祭では』

笠松先輩から返ってきた返事は、私の好きなアーティストで。

『そうなんですか!私、その人すごく好きなんです!』

「いいよな。俺も好きだ」

笠松先輩はやっと笑って私に返事をした。

『当日まで毎日練習するんですか?』

そう尋ねれば、笠松先輩は頷いた。

「おう。部活ずっと午前中だけだからな。午後はやるつもりだ」

『え!じゃ毎日聞きに来てもいいですか!?』

そう思わず口走ると、笠松先輩は驚いたような顔をして。

『あ、すいません!昨日から実は笠松先輩が弾いてたの頭から離れなくて!アレンジとかすごく好きだったんです』

自分でも思いきったことを聞いたなぁと思う。でも、笠松先輩の弾くギターをもっと聞いていたいって思ったのは事実だったから。笠松先輩は目をそらして頬をぽりぽりとかく。

「別にいいぞ」

笠松先輩はそう言った。私は笑顔にならずにはいられなくて。

『…弾いてください』

ただ、笠松先輩が弾いている曲を聞いてその日の午後を過ごしてしまったのだった。

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