宮地と悔しさ
つい先日までは毎日朝早くにここに来て毎日遅くまでここにいて。そんなのが当たり前だったはずなのに。
あっという間に日常から離れていって。
入学する前からここに来て練習していたというのに。
引退するとここまであっさりとしているのか、と少し不思議な気さえしてくる。
毎日眺めなきゃならなかったあの緑頭もその隣のうるせー後輩も。
日常の一部から離れてしまうのはあっという間だった。
そんなことを思う俺は何だかんだってまだまだバスケに未練があって、全てやりつくしたから悔いはない、なんて言えるわけではない。大坪も木村も受験勉強に一緒に明け暮れているが、なんだかそれでもやっぱり今までとは何かちがくて。今は勉強に一生懸命だからそんなこと誰も言わないけれど、きっと思ってると思う。
既に何週間も触っていないボール。その事実すら受け入れがたかった。
『宮地?』
後ろから声をかけられ、俺は振り向く。同じクラスの女子のなまえだ。
『どうしたの?バスケするの?』
「いやもうしねーよ」
本当はしてーよ。今までみたいに必死にボールを追いかけて、必死にクソ暑い体育館を駆け回るあの日々に帰りたくないわけではない。辛いことは嫌だが、それ以上に俺はバスケが好きなのだ。
『そっか』
食べる?と小さな手に飴を出してきたなまえ。ありがたく受け取り、それを口に含むと心中とはうってかわって甘い味がした。
『悔しいんだね』
「は?」
『そうじゃないとこんなとこ来ないでしょ?それにそんな顔してるよ』
なまえがそう言って、俺は口をつぐむ。何も言い返せなかったからだ。
『私はこの三年間特に何かを頑張ってきたわけでもないし、宮地みたいに頭がいい訳でもないし、特別可愛いわけでもないし何て言うかとるに足りない女子高生だったけどさ。宮地はすごく輝いてたよね』
そんなことを言うものだから、俺はなまえの方を見た。いつもそんなに頻繁に話すわけでもないし、話さないわけでもない。そんななまえがそんなことを言ったのだから。
『羨ましかったといえばそうだけど。本気で何かをしなかったのは私だからね』
チュッパチャップスをあけて口に含んだなまえ。片方の頬が膨らむ。
「別にそうでもねーよ」
『いいんだよ。宮地にとってそうでもなくても私にはそうなの。一つのものに全てを捧げてきた宮地がかっこいいと思うの』
何でもないことを話すようにすらすらとそんな台詞を吐けるなまえにこちらが恥ずかしくなる。でもそんなことをなまえは考えていないようで。多分こいつはこいつなりに俺のことを励まそうとしたのかもしれない。
「ありがとな」
俺はぽん、となまえの頭に手をおいてそう言った。なまえは少しだけ無表情だったのが崩れて笑った。
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