緑間と音楽室
夕陽が差す校舎内。私は委員会でいつもならいない時間の学校を歩いていた。テスト期間中なので、とても校舎内は静かだった。気だるそうにスクールバックを肩にかけて歩いていると。ピアノの音が聞こえた。
私は女子なのに残念ながらピアノだとかバイオリンだとか、そういう楽器を弾けたりはしない。しかも歌も下手だし。そんな私ですら、ピアノの音があまりにも綺麗すぎて気になった。別に家に帰ったからって一生懸命勉強するって訳でもないしな。私はそう思って、そのピアノの音がしているであろう音楽室へ足を運んだ。
戸を開ける。するとそこにいたのはいろんな意味で有名な緑間君だった。私が戸を開けた音に気づいたのか、緑間君は演奏をやめてしまった。
「…誰なのだよ」
緑間君はそういった。
『え、B組のなまえです』
「…音でも漏れてうるさかったのか?」
それならばすまない、と緑間君は椅子から立ち上がろうとした。
『いや、違くて!ただ誰が弾いてるのか気になっただけで』
「そうか。ならばよかった」
緑間君はそう言うと、眼鏡をくいっとあげてピアノに再び指を置く。
「ピアノ弾けるのか?」
『全然。でも綺麗な音だなーって思ったらなんか気になっちゃって』
そう言うと緑間君は少し顔を赤らめた。照れているのだろうか。褒められることなんてたくさんあるだろうに。
『さっき弾いてたのってなんて曲なの?』
「ショパンの別れの曲だ」
そう言うと、緑間君はまたピアノを弾き始めた。やっぱり…綺麗だ。
『聞いててもいい?』
「構わん」
もともと指が綺麗なのだろうか。テーピングが巻かれた指とピアノなんて不釣り合いなはずなのに何故かとても綺麗なのだ。何故か心を引き付けられるのだ。
『私ね、ショパンのノクターン?ってやつが好きなんだ』
全然音楽がわからない私も、テレビで聞いたときにこれは好きだなーとかは思ったりする。それで昔からその曲だけは知っていた。
「ノクターンの何だ?」
『何って何?』
「21曲あるうちのどれか聞いている 」
『え?ノクターンって一曲じゃないの!?』
そう言うと、緑間君は呆れたような目で私を見る。だから全然わからないんだってば!!
「一つ一つ弾いてやるから教えろ」
緑間君の指が鍵盤を叩き出す。好きな曲ではないのに好きになってしまうような、そんな魅力がある。
『それじゃない。けど好き』
「次だな」
緑間君の指がまた鍵盤を叩き出す。そしてその時。
『これだ!』
私の好きな曲を、緑間君が弾いていたのだ。
「2番か」
緑間君はそう言って、滑らかに流れるように音だけじゃなくて指の動きさえも芸術のようにピアノを弾く。気づいたら見入っていて、聞き入っていた。とても綺麗だった。
『すごく、すごく綺麗だった』
何だか本当に、心から惹かれてしまった。
「2番はそこまで難易度は高くない。だがとても旋律が綺麗で俺も好きだ」
そう言って眼鏡をまたあげた緑間君に私は笑みがこぼれた。
『他にも何か素敵な曲教えて』
「…わかった」
夕日が差し込む音楽室には二人の声と綺麗なピアノの音しか聞こえなかった。
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