氷室の心残り
※死ネタ
いつも側にいてくれた。試合で負けた日も一緒に泣いてくれた。辛いときには支えてくれた。笑いたいときには一緒に笑ってくれた。
そんななまえに見せたいところがたくさんあったんだ。
俺が育ったアメリカのいろんなところに連れていきたかった。一緒に俺が小さい時見ていた景色を一緒に見れたらいいと思った。そして俺が行ったことのある素敵な場所に連れていって見せてやりたかった。なまえみたいに綺麗なものを。そして二人とも知らない土地にいって知らないものをたくさん見て綺麗なものをたくさん見て。
ずっと一緒にいたかった。
俺の自由を奪った拘束具の細い管は俺の腕に幾本も繋がっていて。
『辰也……』
俺の手を握っているのは紛れもなくなまえで。口に被せられた無機質なものが邪魔だ。今すぐにでもキスしてやりたいのに。あまりに悲しそうな顔をなまえがするから。
俺はわかってたよ。それでも君と別れられなかったんだ。そんな俺を君は許してくれるかい?
「…なまえ」
くぐもった声がなまえに届いたようで、なまえが頷いた。
「愛してる。だから……君は君で幸せになるんだ」
口のそれを外すと、なまえが今にもこぼれそうな涙を流して、何してるの?と聞いた。
「ごめん。本当にありがとう」
最期くらいなまえのできるだけそばにいたいんだ。
ぎゅっと抱き締めてキスしてまた抱き締めた。
ああ、意識が遠くなっていく。
きっとなまえは優しいから俺が死んだら泣くんだろう?悲しい思いをさせて悪かったよ。でも、もし何十年も後に君がこっちに来てくれたらその時は一緒に幸せになろう。
心構えはしていたはずなのに涙が出てきた。この感覚ももう味わえなくなるのだ。温かい。なまえの体温に包まれて、俺は逝くよ。
ただ、忘れないでね。俺のこと。幸せにはなって。せめて、今日だけでいいから俺を想って泣いてくれれば俺は幸せなんだ。
無機質な音が鳴る病室で、彼は息を引き取った。
◎あとがき
「バグッバイ」RADWIMPS
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