夏の日だった。学校の裏側にあるスーパーで88円のラムネを二瓶購入した俺とテツは、歩いて5分のリングコートのある公園に屯った。テスト期間で部活停止中の金の無い男子中学生が、それでもバスケをしようと思ったら自然と場所は限られてくる。俺がテストに興味がないことと緑間直伝の鉛筆転がしのテクニックを取得していることを知っているテツは俺の誘いに頷いたのだ。ちなみに相棒は、毎日一時間こつこつと勉強しているタイプだ。結果は国語以外並だけど。ついでに俺は理科が得意。選択問題ばっかだから。
テスト期間はテスト期間、それはどうやら同じ校区にある他の学校にも言えることらしく無料のコートには俺達を除くと誰もいなかった。別の学校でも同時期にテストが行われているらしいことを2年の内に学んでいたはずが失念。相手をしてくれる方が居ませんね僕はシュート下手ですし、と静かにラムネの透明の瓶をもったままテツが囁いたがたいしたことではないと笑い飛ばす。わかっているくせに。
「制服脱げよテツ。さっさとやろうぜ」
ラムネを奪い俺のもの共々コンクリートの隅に安置。小脇に抱えていたボールを放り渡すと仕方ない、と苦笑する頼もしい相棒。俺の言葉通りぷちぷちとボタンを外し、中のシャツをさらすテツ。
その時脳裏に掠めた一言。それはずっと思っていることだ。

俺はテツさえいればいい。

ボールとゴールがあって、そこにテツがいればそれだけで最上級のバスケができる。そんな麻薬にも似た真実は、俺と同じ奇跡と評される奴らの他に理解することはできないだろうし、また、奴らに言ってやるときっと俺もそう俺もと心当たりを挙手し色々面倒臭いことになりそうなので結局胸のうちに秘めている。テツは俺の相棒なんだっつーの。
そう、こいつがいれば対戦相手なんざ要らない。
そりゃあ、めったくたのけっちょんけちょんにぶちのめした人間から与えられる優越感は甘美である。だが、テツとパスを繋いで最後に華麗にシュートを決めることができればもう、他に望むものなんかない。何物にもかえがたい高い純度の快感が、俺から溢れ包み込むのだ。お年頃だからってアイドルの写真集や右手のご厄介になる必要なんざねえ、んなもんなくてもテツが傍らにいればもっと強烈な快楽を味わえる。
言葉にせずとも俺の欲しいところにパスを通す人間がすぐ近くにいる。あれこれ言わず言われず、それでもガッチリ噛み合う相手がいるのだ。たった十数年でそんな相手と巡り会えたなんて。最高の相手と出会うことができたなんて。
それってどんなに幸運なんだろう。はっきり断言できる。俺の人生、今が一番充実してる。


ひとしきりボールと相棒が繰り出す快感を堪能して満足した俺は、「休憩すっか」とテツに声をかけてつい夢中になって放置していたラムネ瓶に手を伸ばす。すっかり表明に汗をかいていた。テツが寄越したタオルで首の熱を取って一気に炭酸飲料をあおる。ぬるく甘く、それでも鼻から抜ける清涼感。
「こういうのって」
そうテツがまだ中身の入った瓶を見つめ、独り言のように呟いたから「ん?」と聞き返す。俺がいるのに独り言になんかさせるかよ。「中のビー玉、どうやって取るんでしょう」自然にテツは返し、ざまあみろ会話の成立だ。俺も手の、空になった瓶を見下ろす。ガラス製だ、しかも蓋はきっちり閉じられていて力を込めて捻ってもびくともしない。いい仕事してますねラムネ職人。これはもう。
「割るしかないな」
「あ」
もう中身がないため躊躇いなくコンクリートに打ち据えた俺を目をまるくして見たテツ。自分のラムネをほっぽって慌てたようすで駆け寄ってきたからなんだと思ったら無表情を歪ませ血相かえて、「ケガしませんでしたか!?」――まあ、悪い気はしない。相棒にとられた右手を振り払う意味もなく、好きなようにさせるが跳ねたガラス片で切った傷がないことを確認した途端あっさりと離された。勿論テツがやったことは当たり前の極みであり、なんら不自然なところのない行為だったがどういう訳かフラれたような気がして、少しふて腐れてガラス片を漁る。すかさず気をつけてくださいね、と言われ気は晴れたが。
無傷の球体を拾いあげる。
薄く色の入ったガラス玉。幼少のころを思い出し、摘みあげそのまま空に透かす。青いビー玉をこうすると中に光を受け小さな影ができ、それを鳥だエイリアンだなんだと言って遊んでいた。
熱が篭った大きな青を背景に、お化けのように重厚感のある雲。
ガラスの中の気泡で歪曲し、俺まで届いたのは光と影が入り交じった、斑色の空。
ああ。隣り合わない色が小さな球体の内で混ざり合っている。
「なら」
「え?」
「いや」
青と黒はどうだろう。
混ざり合うのかな。
反目しあうのかな。

どっちがどっちかわからなくなるくらい、ぐちゃぐちゃに解け合えばいいのに。

ぼんやりとビー玉を目から離さないままそんな馬鹿らしいことを考えていると、そういえば前に蝋燭と凸レンズでの実験を理科でやりませんでしたか出そうですよね今度のテストに、とテツの声がしたが鉛筆に頼ってばっかの俺は得意科目と言えど選択問題であることを確認するため流し読みするだけで、問題文の内容を理解したことは一度もない。そうだなテストだな、とようやくガラスから視線を逸らして一番に視界に入れたのはテツだった。小さく微笑んでいる相棒に、帰るかと声をかける。



光と影が入り交じった、あの空をそういえばあれ以来、見ていない。
敵となったかつての相棒と俺の代用品をコートの中で見て、そう思った。






 



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