本名、花菱透。17歳。現役高校生2年生。
しかしほぼ学校には行っておらず、毎日ふらふらと外へ出かけては風景や草花を描き続けている。

花菱透は言った。

「僕がきれいだと思うものを、思うままに描きたいんだよ」

こうも言った。

「でもね、人を描きたいと思ったのは、岸本さんが初めてだよ」

こうも言っていた。

「岸本さん、僕のタイプなんだ。きれいだよ」

こうも、言っていた。


*  *  *


「岸本さんさ、どうぜ毎日暇なんでしょ?」

常に薄ら笑いを浮かべているいけ好かない少年、花菱はそう言った。
童顔の上に背丈も体も大きくないので、未だに中学生にしか見えない。
しかし口はかなり達者で、正直腹が立つ。
まぁ、面倒なので怒ったりしないし、言いもしないが。

「そうだな」

まさにその通りなので、素直に頷いてそう言った。

「じゃあ、僕の都合に合わせていいよね」

俺はスニーカーの靴紐を結ぶ手を止めて、少し顔を上げてそいつを見た。
途端、そいつは吹き出すように楽しげに声をあげて笑った。

「ははっ、岸本さんもそんな顔するんだ」

そんな顔、と言われても自分が一体どんな顔をしているのかわからない。
どんな顔だ、と少し気になったがやはりそれに勝って面倒なのでやめた。
もしかしたら、不貞腐れたような顔をしていたのかもしれない。

「僕ね、午前中は病院行ったり散歩したりするんだ」
「…病院」
「そう、病院」

思いがけない言葉に、おうむ返ししてきょとんとしていた俺に、そいつは子供にやさしく教えてやるようにゆっくりと囁いて微笑んだ。
ああ全く、腹が立つ。
が、俺は何も言わない。

「僕、生まれつき耳が悪くてさ」

相変わらず作り物のような笑みを浮かべながら、相変わらずのやさしい声でそう言った。
髪を軽く耳にかけると、補聴器だろうか。それがしっかりと花菱の左耳にはまっていた。
俺は数度瞬きをする。

「左耳は、これをつけてればある程度聞こえるんだけどね、右耳はだめだ、死んじゃったんだ」
僕の耳は壊れてしまった、と何も変わらない笑顔でそう言う彼は、少し首を傾けた。
すると耳にかけられた髪がさらりと落ちて、また左耳を覆い隠す。

「岸本さんの声は、どんな声なのかな」

目を細めてぽつりと呟かれた言葉に、俺は少し驚いた。

「岸本さんの本物の声、聴いてみたいなあ」

きれいなんだろうな、と少し俯いて微笑むそいつが、初めて悲しそうに見えた。
お前が思うほどきれいなんかじゃない、と言ってやりたかったが、やっぱりやめておいた。
別に、面倒だからやめたわけではない。


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