「兄貴」

俺の家。
俺のソファ。
そこで堂々と寝転がり、この家の主である私よりも寛いでいるのではないか、と思うほどに寛いでいる春は、片手をポテトチップスの袋の中に突っ込みながら、私を呼んだ。

「どうした」

お茶を入れながらであるため、春ではなく手元を見ながら返す。
春のポテチを食べるいい音が、軽やかに部屋に響く。
余りにもその音は連鎖していたので、私は「全部食べるなよ」と忠告しておく。

「クリスマスにさ、プレゼント交換しようよ」




present for you




クリスマス。
プレゼント交換。
その言葉に、私はつい噴出してしまう。
歳相応よりも大人びている春もやっぱり、まだまだ高校生なのだなあと、改めて実感させられておかしくなった。

「何を笑っているんだよ、兄貴」

いきなり噴出した私を訝しげに見詰めながら、春は言った。
不機嫌そうに片眉を顰めた顔も相変わらず様になっていて、なんだか少し悔しくなる。
「いや、なんでもない」そう言って、注いだ茶を1つ春の前に置く。

「しかし、早くないか。まだ12月にもなっていないんだぞ」
「そんなこと、全然ないよ」と春は自分の前に置かれた茶を手に取り、ごくりと喉を鳴らして一口飲んでから、続けた。

「実は、俺が兄貴から欲しいものは、手に入れるのが中々難しいものなんだよね」
「…手に入れるのが難しい?」
「そう。手に入れるのが、難しいもの。」

そう言って、春はポテチの袋を一旦テーブルにそっと置き、ポテチのかけらや塩の付いた指先を口に含む。
私は、なんとなく厭な予感がした。
まさか、とんでもなく高いものを要求するつもりなのだろうか。

「春、一応言っておくが」
「何?」

人差し指と中指に念入りに舌を這わせながら、春は視線だけ私によこす。
その舌の動きが妙に色っぽくて、私は変にどぎまぎしてしまう。

「余り高いものは無理だぞ」

すると、春が指を唇から離し、瞬きを繰り返しながら私を見詰めた。
私は静かに見詰め返す。
たっぷり15秒見詰め合ってから、春はぷ、と噴出すように笑った。

「知ってるよ、そんなの」
「だろうな」

そう言いながらも、私は内心でほっと胸を撫で下ろしていた。
春がまた一口、茶を飲んでから言った。

「俺が欲しいものはね、兄貴」

春は湯飲みの中に注いである茶の水面を見詰めながら、とてもゆっくりと喋る。

「お金なんかでどうこうできるものじゃないんだ」
でも、とても大切なもの。

春は大切そうに、確かめるようにそう言って、湯飲みを両手で包むようにして持ち替えた。
一方の私は、何がなんだか全くわからず、私がそんなに大切なものを春にあげるなら、春は一体私に何をくれるのだろう。

「…俺は何がいいかな」

私は軽く腕を組んで、半ば独り言のように呟く。
すると、春がきょとんとして言った。

「何言ってるの、兄貴。兄貴にあげるものは、もう決まってるよ」

その言葉に、今度は私がきょとんとしてしまう。

「お前は自分の欲しいものを自分で選ぶのに、俺は欲しいものを自分で選べないのか」
「そうだよ」

あっさりと認める春に、私は片眉を顰めながら不公平じゃないか、と抗議する。
すると、「そんなことないよ」と春は微笑んだ。

「大丈夫だよ。絶対に、兄貴が喜ぶものだから」

余りにも確信に満ちたように春がそう言うから、私はそれ以上何も言えなくなってしまった。
全く、春には適わない。
そう思って、こっそりと溜息を吐く。

しかし、春があそこまで自信を持って私にくれるものとは一体何なのだろう。
一緒に居るときに、何かを眺めながら「欲しいなあ」とでも無意識に呟いていたのだろうか。
そんな私の内心を知ってかしらずか、春は少し首を傾けながら私に尋ねかけた。

「知りたい?俺が兄貴に何を上げるのか」

私を覗き込むようにして見詰めてくる春の顔は、"言いたくてしょうがない"という顔をしていて、私は半ば呆れ、半ば本気で気になりながら、答えた。

「気になる」

素直に私がそう言うと、春は満足そうに微笑んだ。
それから、向かいのソファからわざわざ俺の隣に移動してくる。
ずい、と急に距離が狭まり、私は反射的に僅かに退く。

「知りたい?兄貴」
「…ああ、知りたい」

焦らすような春の言い方に、若干のもどかしさを感じながら、少し早口で答える。

「…あのね、俺が兄貴にあげるものはね――…」

そこまで言ってから、春は驚くほど綺麗に微笑んだ。
弟であるのに、同じ男であるというのに、私の心は不思議と高鳴っていた。
春の笑顔に見惚れていると、直に言葉は続いた。

「俺だよ、兄貴」

その言葉の意味が理解できずに、私はただ目の前にいる春をぽかんと見詰めていた。
心臓の鼓動が、厭に大きく聞こえる。
まるで、耳元に心臓があるような心地だった。

「兄貴に、俺の心も身体も、全部あげる」

春の冷たい左手が、私の頬を包む。
思わず、びくりと身体を震わせてしまう。
春の親指が、すっと目許をなぞった。
その撫で方が余りにも優しくて、あまりにも大切そうに撫でるから、私は混乱してしまう。
完璧に頭の回転が鈍った私は、酷くやさしい色をした春の瞳を、阿呆みたいにじっと見詰め返すことしか出来なかった。
春の言った言葉の意味がわかった今、私は益々動けなくなってしまっている。

「だからね、兄貴」

優しく呼びかけられたかと思うと、俺の背はソファにつき、顔の両脇から春の両腕が生えていた。
押し倒されたのだ、と気付く前に、目の前の春の顔が更に顔を寄せてきて、唇に柔らかく暖かいものが押し付けられた。
直に其れは離れていって、またきれいな春の顔が間近に見える。

「俺にも、兄貴の全部、ちょうだい」
大事にするからさ。

頭の回転がすっかり止まってしまっている状況の中、春の言葉の意味だけは理解できた。
理解はしたけれど何も言えずにいる俺の唇をゆっくりと指の腹で優しく撫でて、それから再び、啄ばむような優しいキスをした。


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