その日も暇をしていたわたしと永瀬(と、ベス)はまた陣内君の演説に付き合っていた。

「なんで鴨居は俺にだけ冷たいんだ」

話題は初めから変わっていなかった。
鴨井君のことについて、かれこれ一時間話している。

「それはもう、陣内が陣内である限りしょうがないことのような気がする」

始めは慰めモードだったわたしと永瀬も、流石にもう励ましの言葉は尽きていた。
永瀬が妙に納得してしまうようなことを言うのでわたしは笑った。「そうかもしれない」
「なんだよそれ」と陣内君は口を尖らせた。「よくわかんねえぞ」
永瀬の言ったことに陣内君が「わかんねえぞ」と怒る。
いつものパターンだ。
永瀬の言っていることはよくわからない、永瀬は何でもお見通しだ、とぶつくさ垂れる陣内君に言う。

「でもさ、鴨井君が冷たくするのって陣内君くらいなんじゃないの」

よくわからない曖昧なことを言ってみた。「それに、鴨井君て、天邪鬼だし」と付け足してみる。
「そうか」と陣内君は顔を上げた。
「俺は特別か」と予想以上に嬉しそうな声を上げるので笑ってしまう。
永瀬も小さく吹きだした。

「まぁ、陣内みたいな人は探しても見つからないような気がする」と永瀬が穏やかな口調で言った。
「陣内君みたいなのが二人もいたら、たまんないよ」とわたしがげんなりしてみせる。
「特別、は二人要らないだろ」と陣内君はまだ特別、にこだわっていた。

「ていうかさ」とわたしはこの埒の明かない話題にけりをつけてしまおうと話を戻す。「もうちょっと作戦を練ってみたらどう」

「その通りだ」と陣内君は偉そうに腕を組んで頷いた。「その通りなんだ」

「そこで、俺は対鴨居作戦を考えてきた」
「ああ、それで僕たちを呼んだのかい?」
「でもさ、前振り一時間はいらなくない」

わたしは溜息混じりに言うも、陣内君は構わずに話を進めた。

「押してだめなら引いてみろ、という言葉があるだろ」

「あるね」と永瀬は頷いた。
「それ?」とわたしは驚く。

「そんな単純な作戦で、鴨井君が陣内君に優しくなるの?」

「なる」と陣内君は自信たっぷりに頷いた。「鴨居は天邪鬼だからな」と終いには真顔で親指を立てて見せた。
「陣内はいつも自信に満ち溢れているなあ」永瀬は羨ましそうな、愉快そうな声を上げた。
「そんな作戦する前に、ギターを聞かせたら早いような気がするなぁ」とわたしはまた溜息を吐く。
正直、そんな単純な作戦があの鴨井君に変化をもたらすとは思えない。

「とりあえず一週間、試してみる」

その間に鴨居に何か変化があったら、迅速に俺に教えてくれ、と陣内君は偉そうに言った。
永瀬は苦笑しながら頷いて、わたしはあからさまに気乗りのしない返事をした。



      *  *  *



ちょうどその一週間後だった。
鴨井君からショッピングのお誘いの連絡が来た。

わたしと永瀬は一週間前の陣内君を思い返して、いつもと至って代わらない彼の様子に苦笑を浮かべた。
やっぱり陣内君の「対鴨居作戦」は失敗に終わったのだろう。
近々落ち込んだ陣内君から連絡が来ることだろうから、慰めの言葉を考えておかねばならない。

デパートの喫茶店で待ち合わせをしたわたしたちは、既にコーヒーを注文していた鴨井君と合流した。
会うのは割と久し振りだった。

他愛もない会話が続いた後で、短い沈黙の後に鴨井君が少し声のトーンを落として口を開いた。

「…あのさ、」
「…どうしたの」

珍しい鴨井君の動揺した表情に、わたしと永瀬は顔を見合わせて困惑した。

「なにかあったのかい?」
「…いや、大したことじゃないんだけど」

鴨井君はばつが悪そうに苦笑する。
どうやらとても言いにくいことらしい。
ふとわたしは思いつきで「もしかして、陣内君のこと?」となんとなく尋ねてみた。

すると鴨井君は急に慌てだして、びくりと過剰反応した。
あまりにも慌てすぎてコーヒーカップを落としそうになったくらいだ。
わたしと永瀬はぽかんとしていた。

「いや…あの、最近陣内を見かけないから。どうしてるのかと思って」と鴨井君はようやく少し落ち着いた。
一方のわたしと永瀬はと言うと、苦笑を浮かべるほかなかった。

なんだ、全然気にすることなんかなかったじゃない、陣内君。

最早付き合わされているわたしたちが災難に思えた。

「鴨井君」わたしは呼びかけながら、携帯で陣内君のアドレスを開く。
「なんだ」と鴨井君は瞬きをする。わたしたちの帰る気配を察したのかベスが起き上がった。

「いまから陣内君呼ぶからさ、あとは本人からいろいろ聞いてよ」

「はあ?」と鴨井君は全く意味がわからないというように顔をゆがめる。そして慌てた。

「まぁ、陣内も、いろいろ悩んでたんだから、ほどほどにしてあげてね」

永瀬が眉を下げて苦笑を浮かべると、起き上がって脚に擦り寄るベスの頭を優しく撫でた。
わたしはそれを尻目に見て唇を尖らせると陣内君に電話をかけた。
6つコールが鳴ってから、陣内君の少し不機嫌そうな声が聞こえてきた。

「もしもし、陣内君?ターゲットに変化が見られたから、いまから言う場所にすぐ来て下さい」

鴨井君の慌てきった声と、電話越しの高揚した陣内君の声が重なった。


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