私だってホームシックくらいなります



 バスケ部レギュラーたちとの“恐怖の鬼ごっこ”から20分程度が経過した現在、私は図書館の隅で息を潜めていた。――逃げ出したあの時は駆け下りた階に運良く職員室があったので逃げ込み仲の良い先生に匿って貰い事なきを得たのだった。まさかこの歳になって(先生の)机の下で隠れることになるなんて恥ずかしくて穴があるなら入りたいくらいになったのだが生憎そんな状況ではなく。……いや寧ろ穴があるならそこに今日一日見つからないように隠れて居たい位なのだが。
 ある程度時間を稼げばレギュラーたちも諦めて部活に戻るだろうと高を括っていた私の考えは呆気なく崩れ、彼らは未だに学内を捜索しているらしい。会う知人たちから口々に「赤司くんが探していたよ」とか「青峰くんたちが探してたけど、玲何かしたの?」なんて声を掛けられてしまい、その度に何もしてないわ!というツッコミとここで会ったことを言うなという口止めに足止めを食らうことになる。というか寧ろ私が聞きたいくらいだわ……。なんて半泣き状態で頻繁に移動をしていた私だったが、漸く落ち着く場所に辿りつくことが出来た。そこが図書館、という訳だ。
 ある程度人がいるし、適度に設置された自習席もある。適当な本を二、三冊手に取り楽しそうに御喋りをする女子グループの付近席が空いていたのでお邪魔することにした。ここならグループに目が行って目立つこともないだろう。

「あーもう本当あの先生って宿題の量多すぎ!」
「本当だよねー!マジめんどう」

 私語も許されているブースなので女子たちは学生らしい話題で盛り上がっている。あの先生がウザいだとか、友人の恋バナやらなんやら宿題にも手を付けずに話し続ける彼女たちの会話に私も本を読む手を止め、気が付けば耳を傾けていた。

「あーあ、二次元に行けたらなあ」
「ぶふっ」

 思わずぼやかれた言葉に声が出そうになり慌てて口を押えたがそのせいで変な声が出てしまう。訝しがる視線を背中に感じながらも咳き込んだふりをして何度か咳をしていたら再び会話が再会された。
 失礼なことしたな、と胸中で謝罪しながらも彼女たちの口から出てくる話になんともいけない懐かしさを覚えいる自分がいて、なんだか不思議な気持ちになってしまう。と同時に“こちらの世界”でもこういう人たちはいるんだ、と驚きも感じていた。

「漫画とか小説みたいにトリップ出来たら楽しいのにねー」
「ねー!そしたら好きなキャラともずっと一緒にいられるんだもんね!」

 声色の高い彼女たちの話に心がざわつく。一緒にいられるって、それは家族とも離れ離れになるということを分かって言っているのだろうか?……きっとそんなことを考えてはいないのだろうと思う。彼女たちはもし“違う世界”に行ったらどんな反応をするのだろうか。
 思わず意地の悪い考えになり気分が下がってしまった。久々に感じた寂しさ(ホームシックとでもいうのだろうか)に、ちくりと胸が痛む。
 ――夢に向かって一生懸命勉強した思い出や友人、両親の笑顔とそんな人たちと共に過ごした時間。……納得して諦めた筈なのにそれでも未練がましく僅かに思い出される“元の世界”の記憶に目が熱くなるのが分かった。
 胸が苦しくて思わず机に突っ伏した私の肩をタイミング良く誰かが軽く叩いてくる。幸い涙は出てこなかったのでそのまま顔を上げればそこには黒子くんの姿あった。

「……大丈夫ですか?」

 私の顔を見た途端驚いたように目を見開いたかと思えば、まるで慰めるように頭を撫でてくる。恐る恐る撫でてくるぎこちない手に胸につっかえていた物がすとんと落ちていく感覚がして、少しだけ胸が軽くなった気がした。

「大丈夫。ありがとう」

 自然に零れた笑顔に黒子くんも私の鞄と私の手を握り嬉しそうに笑ってくれる。……ん?あれ、ちょっと待って。なんで鞄と手握られてるの私?

「良かったです、これで心置きなく連れて行けます」

 そう言って向けられた笑顔はこれまでに見たこともない綺麗な綺麗な笑顔だった。


―――
シリアスちっくだったのに結局こうなる(笑)

2012/10/14 

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