見出された才能



 バスケットボールの音とシューズの床を蹴る音が響く体育館をこっそりと覗き、玲は深いため息をついた。一軍だけでも凄い人数だが、倍以上に観客も多い。嫌だなあ、と気が重くなりながら意を決して体育館へと足を踏み入れれば待っていましたと言わんばかりの笑顔を浮かべた桃井が向かい入れてくれた。
 用意周到なその対応に玲は笑みを引き攣らせつつ、半ば引きずられる様な形でベンチまで連れて行かれる。書類を渡すだけだからと拒むのにも関わらず全く聞き入れない桃井に勘弁してくれと玲が半泣き状態になったのは言うまでもないだろう。

「赤司君、連れてきたよ」

 ベンチ前で選手たちの練習を眺めていた赤司の視線が2人へと移る。やっと来たんだねと態とらしく声を掛けてきた赤司に愛想笑いを返し、玲は書類を渡すのと一緒に事務連絡をする。彼が素直に受け取ってくれたことに内心安堵し、仕事は終わったと言わんばかりにそそくさ出て行こうとした彼女の肩を赤司が掴んだ。

「時間が空いたから来たのだろう?だったら最後まで見ていくといい」

 薄く笑う彼に当然YESとしか答えられず玲は桃井の隣に座り練習を見ることになる。なんだこの仕打ち……と項垂れる彼女の頭を桃井が優しく撫でた。
 ――今日は体育館を片面ずつに分けてそれぞれが練習をしているらしい。見覚えのあるカラフルな集団がその半分を占領していたのでレギュラーと一軍たちで分けているのかとぼんやり見つめながら玲は考えていた。その中でも特に馴染みのある色がレギュラー陣から見えたことに彼女は目を丸くする。

「りょ……黄瀬君ってレギュラーに入ったんだ」
「そうだよーついこの間昇格してね。やっぱり気になる?」

 からかうつもりで言ったのに予想に反してそうだね、と彼女が素直に返して来たことに桃井は少なからず驚きを覚えた。夢中になって練習に励む黄瀬を見つめ、僅かにだが嬉しそうに笑みを浮かべた玲の横顔に思わず言葉を失ってしまう。

「白村、あそこで練習をしている部員たちの中で何か気になる点は無いか?」

 赤司が指した方向を見ればレギュラー陣とは反面のコートでミニゲームをする部員たちがいた。突然のことに彼の意図が分からず首を傾げるが、逆らう気にもならなかったので素直に従うことにする。コートを見つめすっと玲の目が細まった。
 少しの間無言で見つめていた彼女が小さく息を付いて視線を外す。どうやら見終わったらしい。

「……気になったことなら何でもいいの?」
「ああ、勿論」
「自信無いから笑わないでね。――あそこの赤いTシャツ着た人、ジャンプする時足に重心掛け過ぎてる気がする。あとボール離すのも少し遅い」

 あの人と言われたのは試合中に何度かシュートを外していた部員だ。沈黙の広がるベンチにもしかして変なこと言っちゃった?と焦り始める彼女に突然桃井がすごーい!と勢いよく抱き着く。若干興奮気味な桃井から離れようと抵抗する玲に赤司から理由を尋ねられる。眉を下げ自信なさげに頬をかいた玲が戸惑いながら口を開いた。

「ただ見てもよく分からなくて、あっちコートにいる黄瀬君が同じシュートしてるの見えたから見比べてみたの。そしたら何か違和感を感じて……」

 今ので大丈夫だった?と不安げに首を傾げる彼女に赤司は満足そうに口角を上げる。どうやら期待には応えられたらしい。ほっと安堵した玲を祝うようにタイミングよく部活終了を知らせるホイッスルがなった。やっと帰れる!と心の内でガッツポーズをし立ち上がる彼女だったが、思いも空しく彼女の耳に聞き入った嬉しそうな声が聞こえてくる。

「玲やっと来てくれたんスねー!!」

 飛び付いてくるような勢いで一目散に走ってきた黄瀬に思わずげっ、と玲が小さく声を漏らした。途端に酷いッスと半泣き状態で抱き着こうとしてくる黄瀬をかわし、彼の後ろにいた黒子へと声を掛ける。

「お疲れ様、黒子君」
「有難う御座います。練習見に来てくれたんですね」

 驚いたような顔を一瞬浮かべたが直ぐに嬉しそうな明るい雰囲気を纏う黒子に黄瀬も意外だったらしい。興味津々で2人を見つめる視線に黒子が説明をする。

「1年の時委員会が一緒だったんです。そこから仲良くさせて貰ってます」
「へえ、黒子っちと玲が知り合い同士だったなんて意外ッスね。あー吃驚したー」
「ボクは黄瀬君が白村さんに対して馴れ馴れしいことに吃驚ですよ。なに名前で呼んでるんですか」

 ムッと若干苛立った口調で言う黒子に黄瀬が満面の笑みで暴れる彼女を抱きしめ、幼馴染宣言をすれば黒子が目を見開き固まってしまった。彼の言ったことが信じられないのか黄瀬の脇腹をド突き漸く離れた玲の肩を掴み本当か?と言わんばかりの疑心に満ちた目でじっと彼女の顔を覗きこむ。
 玲もまた冷や汗をかきながら彼と目を合わすまいと視線を泳がしていると、不意に彼女の頭に手が置かれる。グリグリと力強く押してくる手に悲鳴を上げれば頭上から面白がるような笑い声が聞こえてきた。
 その声の主を睨みつけ玲は頭に載せられた手をひっぺ返し、軽く蹴りを入れる。

「こんのアホ峰えええ、だから止めろって言ってるでしょ!」
「あー?悪い悪い、背が小さすぎて見えなかったわ。し・ま・む・らさん」
「あ、あ、あんたがデカすぎるんでしょ?!」

 気にしてること言うな馬鹿ああああ!!と叫び始まった追いかけっこに練習を終えたばかりの筈にも関わらず青峰は楽しそうに逃げ回っている。それが余計に腹が立つのかむきになって追いかける玲の後ろを黒子と黄瀬が止めようと追いかけ、コートではよく分からない光景が広がっていた。
 その謎の様子に汗を拭いながら「白村があんなに煩いのは初めて見たのだよ」と意外そうな表情で緑間が見つめている。ベンチに座る赤司と桃井も例外ではなく、その光景を見つめいた。驚いているというより赤ちんは面白がってるよねー、なんて紫原はお菓子を食べながらぼんやりと考えている。

「だからその呼び方やめろって言ってるでしょ、このガングロクロスケが!」
「なっ、お前こそその呼び方やめろこのブス!」
「白村さんはブスじゃないです、女性にそんなこと言うなんて最低ですよ。謝ってください青峰君」
「いってええええ、だから脛を蹴るなって言ってるだろうテツ!!」
「黒子っちの言う通り玲はこんな可愛いのに何言ってるんスか、青峰っち!寧ろ小さくて可愛いでしょ!!」
「黄瀬君煩い!」
「な……なんで苗字呼び?!酷いッスよおおおお」

 ぎゃいぎゃいと騒がしい3人を止めてくるよう緑間に指示をしたところで赤司は桃井へと視線を向けた。桃井も意味深げに笑い、口を開く。

「やっぱり玲ちゃんは“鷹の目”に近い能力を持ってるね。テツ君も見えてるし、まさかとは思ったけど……さっきの聞いてびっくりしちゃった」
「視野が広いのに加えて動体視力が飛び抜けて良いんだろうな。あんな僅かな時間であそこまで見抜けたんだ、本気を出したアイツの目には動いているもの全てがコマ送りに見えてるのかもしれない」
「意図的には出してないみたいだけど、鍛えたら凄いことになるかも……」

 目を輝かせる桃井に赤司も口角を上げ満更ではない様子だ。
 ――勝利を絶対条件にする帝光バスケ部に彼女の能力は大きな力になるだろう。情報収集に特化した桃井とペアを組ませれば強い駒になる。加えてレギュラー陣の大半ともすでに面識もありコミュニケーション能力も高い。生徒会長という立場であることも魅力だ。捨てがたい才能を持っている。

「……やはり欲しいな」

 思わず漏れた本音に桃井もニヤリと笑い、頷いた。

2012/08/23

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