お汁粉缶



『今日のおは朝占ーい!第一位は――座!おめでとう今日は普段しないことをして気分転換をすると素敵な一日になるでしょう!!』
「おーよっしゃ」
「玲、お行儀悪い」

 勢いよく頭を叩かれ咥えていたスプーンを落としてしまった。スプーンを拾いつつ思わず叩いてきた母さんを睨みつける。……スーツ姿でキッチンに立つ姿は様になって恰好良いと思うが、如何せんその手加減のなさがいただけないと思うのは私だけだろうか。今日こそ一言言ってやる!と意気込み文句を言おうと開いた口に突然パンが押し込まれた。
 ……犯人である父さんはというと、まるで諦めろとでもいうような顔で私を一瞬見ると何事もなかったように珈琲を飲み始める。その顔に脱力し、ですよねー。と呟けば小さく頷かれてしまった。……ご覧の通り我が家はカカア天下です。
 出掛った文句とパンを一緒に珈琲で流し込み立ち上がった私は玄関へと向かう。普段より出る時間が早いけど、散歩がてら少し遠回りして学校に行こうと思ったからだ。占いは信じない方だが折角一位を取れたのだから験を担ぐぐらい良いだろうと思う。

「いってきまーす」

 玄関を出てすぐの所でゴミ出しに出てきた小母さんにあった。挨拶し少し話せば涼太はまだ寝てるのよー。なんて困ったように言ってきたので学校に着いたらあのアホに電話しようと思う。
 ――近所に(黒子君たちとバスケをする)公園があるのでそこの中を通って歩くことにした。朝ということもあって園内はランニングをする人やペットを連れた人が多い。緑の多いこの公園を歩くだけでも気持ちがいいなあと思いながら歩いていた。この歳でこんなこと言うなんて、私もしかしてオバサンくさいかな?……まあいっか。
 たまには占いを信じてみるのもいいかもしれない。なんて柄にもなく考えていたら出口近くで全商品100円とキャッチコピーが張られた自動販売機を見つけた。黒子君から借りた本もあるし、何か買って教室で本を読みながら飲もうかなと思い自販機に100円玉を投入する。

「え……お汁粉なんてあるの」

 お汁粉が置いてある自販機何て初めて見たわ……と思わず独り言を言ってしまうくらい意外だったので迷わずそれを選ぶことにした。今日くらいおは朝の占いに従ってみようじゃないかと勝手にテンションが上がっていたのだ。それに何だかんだ言って私は新しいものに目が無かったりする。
 取り出し口に落ちてきたお汁粉を手に取り後ろを振り向けばいつの間にか緑のデカい眼鏡の人がいた。同じ制服だったので先輩かな、と考えながら会釈をして場所を譲れば彼も同じようにお金を投入してボタンを押そうとした手が……停止する。

「……あ、」

 手の先を見ればそこには私が選んだブツが売り切れですの文字を表示していた。先輩(?)の手がブルブルと震え始めたことにひいっ、と息を飲んだ私は慌てて彼の前に買ったばかりのそれを差し出す。

「あの、これよろしかったらどうぞ」
「べ、別に構わんのだよ。オレは他人に譲って貰うほどお汁粉を飲みたかった訳ではないからな」

 いや明らかに嬉しそうじゃん、なんて死んでも言えない。随分と高い位置にある顔はこれ以上嬉しそうな顔を見せまいと眼鏡のつるを手で押さえていた。不器用な姿に初対面にも関わらず、なんだか微笑ましい気分になってしまう。
 そんな眼鏡の人を見上げ私は笑いを堪えつつフォローを入れることにした。これが正真正銘のツンデレ?ツンツン?なのか。

「いえ、私が貴方に渡したいんです。丁度これと紅茶で迷っていて間違って買ってしまったのでどなたかにお譲りしたいと思っていたんです」

 ですからどうぞ。と愛想笑いを浮かべ差し出せば「それなら受け取ってやってもいいのだよ」とどこか嬉しそうな表情で受け取ってくれたので、いよいよ吹き出してしまいそうになった。口元に神経を集中し、急いで紅茶を購入して彼から離れることにする。
 ――紅茶のボタンを連打する私に彼がツッコんだのはまた別の話だ。

「おい、おまえ名前は何というんだ」
「1年の白村玲です」

 ツンデレやべー!と思いつつ歩き出した私に彼から名前を聞かれたので答えれば、驚いたような顔をして固まってしまった。生徒会ってそんなに目立つのか?なんて考えながらも何故だか気になったが、これ以上一緒にいるとニヤニヤと笑って相手を不快な気持ちにさせそうになったので頭を下げ逃げることにした。
 ……なーんてことがあった朝だったが良いことは序盤の朝の散歩だけで、後は良いことなんてこれっぽっちもない。まあ占いだし仕方がないと言っちゃ仕方がないのだけどさ。
 1限目一発目から体育だった辺り本当に勘弁してくれという感じだったのに、加えてこんなクソ暑いのにも関わらず長距離をさせられたのだ。くっそー、と汗だく状態のまま友人達と愚痴りながら廊下を歩いていると、教室前で見覚えのある人が立っているのが見えた。あの緑の人だ、と認識した時にはあちらも私に気付いたようでずんずんと大股で近づいてくる。

「おい、おまえ」
「……どうかしましたか?」
「朝の礼を渡しそびれていたからな。おまえにこれを返しに来た」

 そう言って有無を言わさず私の手に握らせてきたのはお汁粉だった。渡すだけ渡して本人は満足したのかどこかに行ってしまう。嵐のような出来事に訳が分からずポカン、と口を開けていたら友人たちにあの人誰よ?!とド突かれることになってしまった。
 ――例の古典の授業になって赤司君から聞いたのだが、彼は緑間君という人らしい。しかも同学年だと聞いて驚いた私に「お汁粉仲間として気に入られたかもな」と机に置かれたお汁粉を指さしながら面白そうに笑っていた。

 ……あとね、今までツッコめなかったから言わせてもらうけど、何で体育終わったばっかりで熱くて死にそうなのにあったかーいお汁粉渡すのよ!アホかあああ!!

―――
お味噌汁とおでん缶は見たことあるのですが、お汁粉缶は見たことがありません。
実際にあるのでしょうか?気になるところです。

2012/08/19

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