夏戦争 | ナノ



許せないこと


 目の前が真っ暗になるというのは正に今の玲華の事を言うのだろう。白いワンピースにも負けぬ程白く……否青白くなった顔に動揺で揺れる大きな瞳。その瞳に映された強張った自身の顔を見て佳主馬は遠くに追いやっていた思考を漸く取り戻した。
 ――年上の、しかも憧れの人が自分を頼ってくれている。それだけで彼女に認められた様な気がして不謹慎ながらも嬉しくなっている自分がいた。恰好良い所を見せたい、思わず考えてしまうのも仕方がないだろう。
 だが昨夜まるでこの事を予知していたかの様に投げかけられた「好きな人位守れなきゃ"男"では無いよ」という曾祖母の言葉を不意に思い出し彼は小さく息を吐くと、握られていた冷たい手を大丈夫だと言わんばかりの強い力で握り返した。

「……おばあちゃんの所に行こう。玲華さんのお婆ちゃんと友達同士なんでしょ?だったら何か知ってるかもしれないし」

 僕も一緒に行くから、と語尾に小さく呟かれた言葉に玲華の瞳にじわりと涙が浮かびその様子に佳主馬は思わずギョッとしてしまう。何か気に障る事でも言ってしまったのではないかと内心ハラハラしていた彼に対して涙を零すまいと俯いた玲華の口から絞り出すような震えた声でお礼の言葉が紡がれた。
 深い深呼吸を1つ、2つと繰り返し彼の手を借りて漸く玲華は立ち上がる。再び佳主馬と目を合わせた時には彼女の瞳には涙は無く、以前通りの優しい笑みが浮かんでた。行こうかと遠くから響く少し騒がしい声を聞きながら扉を出た彼女の後姿を一瞥し、佳主馬は離された左手を見つめる。強く握られていたせいか手は少しばかり汗ばんでいて、少し前まで確かにここに人の……慕う人の温もりがあったことが分かる。
 辛い気持ちを押し殺して握って来たこの手が僅かにでも彼女の力になれたのだと思い、少し前までOZの中だけで玲華と繋がっていた、繋がる手段だけだった自分の手が今は少しだけ誇らしく思えた。

「だからぁ!嘘ついてたのよ、この子等は!」

 渡り廊下を歩きながら聞こえてきた声に彼女は怪訝そうに眉を寄せる。この距離から聞こえてくるのだから相当な声の大きさだろう、あちらではかなり深刻な状態なのかと思いながらまだ胸にざわつく不安とせっつく様に痛む胸に玲華は我慢した涙がまた出てきそうになった。幸い佳主馬は後ろにいるのでバレることはないが泣き虫だと思われたくは無かったので必死に胸元を叩き抑え込む。涙脆い方だが彼には弱い所を見せてはいけない様な気がしたのだ。
 自分に対して彼が憧れと……僅かばかりの好意を寄せてくれていることは流石の玲華にも感じてはいた。でもそれを彼自身が理解しているのかよく分からない。OZで交友をしていた彼女からは彼の性格と年齢からとても佳主馬がその辺りを理解しているようには思えなったのだ。自分の心に素直になれないのに此方がその様に接していたら余計に戸惑ってしまうだろうとも思った。
 ……でも、もし彼が本当に自分自身の感情を理解して好意を示してくれるのなら嬉しいと思う自分が彼女の中にいて、それが玲華を戸惑わせる。先程の彼が握り返してくれたあの手がとても強くて凄く安心をしたのだ。きっと1人だったら耐え切れなかっただろうから。本当に嬉しくて、思わず涙を零し泣き言を言いそうになった位だから相当だったのだろう彼女は思う。
 だからこそ自分も佳主馬には弱い所を見せたくは無かったし、憧れてくれている“レイカ”としての自分を見せるべきだと思ったのだ。要は綺麗な自分を見せてもっと、“玲華”としての自分に興味を……出来ることなら好きになってくれればいいと思ったのが本音だった。

「市役所の基本住民データ、内緒で検索したのよ!」

 次に聞こえてきた声に彼女は怒りの声を上げそうになる。何を言っているのだこの人は?!と自身のしたことを棚に上げて健二の両親や彼女の両親のことを話す理香の声に立ち止まり拳を握り締め震わせる玲華の背中を佳主馬は小さく叩いた。
 いつの間にか隣に来ていた彼の顔を見れば呆れた様な表情で目的地の部屋の方面を見つめいて、溜息を付くと後で僕も言ってあげるよと怒った様な声色で口を開く。佳主馬も同じ様に思ってくれているんだと思うと仲間が出来た様な気持ちになり彼女も少しだけ落ち着くことが出来た。再び歩き出しながら玲華はこの状況について思い返しながら改めて考えてみる。

 ――少し前に連れて行かれた健二は、少なからずとも彼に対する陣内家風当りは相当悪いだろうと思う。特に翔太。あの人は来た時から健二を快く思っていなかったし、こんな事態になった以上、最悪の場合追い出すなどの事をしてくるに違いない。そして先程の理香の声。あの声色はかなり興奮している様だったし、内容も内容だ。OZの件と彼氏役の件が二重に重なって相当不味いことになっていると考えられる。
 お世話になっている以上粗相は出来ないが……あの家族から健二が何か不利な立場になる様であるならば、私が守らなければいけないと玲華は心中で強く決心した。今は私も健二の両親も来れる状況にないし……お兄ちゃんも来れないからだ。

 近付くにつれてはっきりとしたものになってくる声に胸騒ぎを覚えながら又従弟がどうして彼氏役を任されたのか、そして彼がOZ混乱の犯人ではない無実の潔白をどう伝えるか考えながら扉前で一歩立ち止まる。一歩後ろにいた佳主馬と顔を見合わせ御互い頷き合うと息を吐き顔を引き締め、襖の取っ手に手を掛けた。

「言い訳は署で聞いてやるよ!立て! ――おい、コラ!」

 ……入るタイミングが悪かった。部屋の中にいた恐らく全員が彼女の顔を見てそう思っただろう。だが時既に遅し。細い手首に手錠を掛けられ警察官に無理矢理引っ張られている自分の又従弟の姿を見て玲華の顔色はみるみる内に真っ赤になる。
 佳主馬の制止を振りほどき大股で警察官もとい翔太に近づくと玲華の体格からは信じられない程の力で彼の手から手錠につながる紐を引っこ抜き、そのまま大きく振りかぶった彼女の拳が翔太の頬に放たれた。
 裂けるよ様な破裂音が響き痛みと驚きで思わず尻餅をついた彼を前に仁王立ちで佇む玲華。それに対して翔太は怒りを露わにし食って掛かろうと彼女の表情を見るが――次の瞬間にはギョッとした強張った表情を浮かべていた。……玲華が瞳に涙を一杯に溜めて食いしばる様に睨みつけていたからだ。

「犯人でもない参考人の未成年に対して手錠をして、無理矢理引っ張るなんて最低ですね!健二のアカウントが使われていたからってテレビも、何もかも寄って集って皆目の敵にして……OZ本社からの連絡がまだきちんと来ていないのに……っ」

 見事に手形がくっきりと付いた自身の頬を触りながら面食らった様な表情で彼女を見る翔太の表情にふと「警察官の業務を妨害したら罪に問われる」と以前兄に教えて貰ったことを玲華は思い出した。自分もこれで手錠をつけられてしまうのかと思いながらも沸々と煮え滾る怒りを抑えることは出来ず、だからこそ普段の自分では決してしないこんな事をしてしまったのだろう、と感情とは掛け離れた一部の冷静な思考部分がそう考えていた。……それならば何もせず健二と共に警察に連行される位だったらいっそのこと自分のこの家族に対する怒りをぶつけて連行された方がよっぽど清々するだろうとさえも思っていた。

「それに先程内緒でOZの市役所サーバーから上位アカウントからの許可も無しに私達の個人情報を検索したと言っていましたね。それだけならまだ許せたものの……データを持ち出して第三者に開示するなど、どういう考えなんですかっ?守秘義務を守るべき立場の職員が私的な理由でそんなことをするなんて信じられません……!!」

 尋常ではない玲華の様子に指摘された理香も、周りも凍り付いていた。敵意の籠った視線に言い返せず理香も思わず目線を逸らしてしまう。健二もまた今まで見たこともない彼女の荒れ様に動けないでいた。

「絶対、許さない……。一歩間違えたら犯人じゃない健二の将来にまで泥を塗る様なことをした貴方を、誰も信じようとしない貴方達が許せない!! ……もう、これ以上私から家族を離れさせないでよ……っ」

 最初は語気が強かったものの徐々に語尾が弱弱しくなり、気が付けば彼女の瞳には大粒の涙が零れていた。


―――
遅くなってすみません!しかし久々すぎて文体が違う違うw
何だか暴走気味ですが、これが彼女の持ち味です。

2011/09/01

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