イナズマ | ナノ

カトレア

21 高所恐怖症




「か、壁山ー!!落ちるとか反則だろー!!」

 頭から水を被り、びしょびしょになったアタシは大声を上げていた。隣に居た円堂君も複雑そうな表情を浮かべている。
 ――イナズマ落としの土台役を務める壁山は最近になって高所恐怖症だという事が分かった。それも極度の。
 今は壁山の高所恐怖症克服のためにプールの飛び込み台に立たせていたのだが、バランスを崩して落ちてしまった。落ちた反動で水しぶき(というか津波?)が見事にアタシと円堂君に降りかかったと言う訳。
 重くなったユニフォームが鬱陶しくて軽く裾だけ絞ると、大量の水が出てきた。

「秋ちゃん……、アタシちょっと着替えてくる」
「うん、飛鳥ちゃん早く着替えた方が良いよ!!」

 確かにこれでもアタシは女だ。流石にこの姿は教育上宜しくない様な……気がする。生憎今はタオルも無く、急いで部室に戻る事にした。
 ――結局その日は壁山の高所恐怖症は克服できず、イナズマ落としも完成する事は出来なかった。


***


「おー、修也みっけ」
「……飛鳥、お前先に帰ったんじゃなかったのか?」

 ユニフォームを着たままのアタシが修也は意外だった様で、少し目を見開いていた。

「修也が練習してるのに帰るのなんか気が引けた……の、かな?」
「……なんだそれ」

 そう言って笑う修也にそれに今日アタシん家で食べるんでしょ?と言えば、頷いてくる。
 本人曰く、1人で後で行こうとしていたらしい。

「んーアタシもよく分かんないや。はい、差し入れ」
「サンキュ」

 途中で買ってきた市販のスポーツドリンクを投げると修也は確りとそれを受け取って、小さくお礼を行ってくれた。
 フタを開けて一気に飲み始めた位だからよっぽど喉が渇いていたのだろう、修也の姿を見ながら買ってきて良かったな。と思った。

「……お前の得意技、ジャンプ系が多かったよな」
「……うーん、確かに"イナズマ落とし"みたいな技なら昔チームでやってたよ」
「そうか……」

 それっきり特に話すことも無くて、暫く沈黙が続いた。でもそんな雰囲気でも修也との沈黙は気まずくなく、寧ろ居心地がが良かった。(ちょっと言葉が可笑しいかな?)

「アタシね、思うんだ」
「……?」
「こうやってアタシも修也もサッカーをもう1度初めて、サッカー部に入って一緒にチーム組んで練習して、今凄く楽しい。だから、こうなったのって……運命だったのかなって思う。ちょっとクサイけど」

 そう言ってアタシが笑うと、修也は小さく笑った。スポーツドリンクを地面に置いて、転がっていたボールを蹴り上げる。
 テンポの良く蹴られるそのリフティングをぼんやりと見ていると不意にボールを回され、慌ててアタシは蹴り始めた。

「……俺も、お前とチーム組めて楽しいよ」

 蹴っていた足がいつのまにか止まっていた。宙に飛んでいたボールが重力に従い、落ちてくる。弾んだ拍子に修也の方へとボールが転がっていった。

(うわ……っ、てっきり笑われて終わると思ってたのに、恥ずかしい……っ)

 何だか今度こそ気まずくて、お互い顔を反らした。少し視線を戻すと、そっぽを向いた修也の耳が赤かったのは夕焼けのせいだけでは無いと……思う。だって、私も頬が熱かったから。

「ねぇ、修也」
「……、」
「今日の夕飯、おでんだって」
「……そう、か」

 ――この後すぐに円堂君が来て、アタシ達が慌て始めるのはまた別の話。


―――
昨日の夕飯がおでんだった。

2009/10/09


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