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結局、恋に恋してたんだなあ。そう、姉が呟いていたことに、俺は気づかぬ振りをした。

「それ、なに」
「りゅっく」
「だれの」
「うん」

会話にならない会話に、小さく溜め息をつく。力が抜けてしまった様に、玄関に座り込んだ姉の腕に、見慣れないリュックサックが抱きかかえられている。その隣には、乱暴に開けられたダンボール箱。
送り主の名前のないその配達物を見て、姉が堰を切ったように涙を流したのは、つい数分前のことだった。いつも気丈な姉の涙は随分と久しぶりで、俺は暖かいコーヒーを淹れてやることぐらいしか、その涙を止める方法が分からなかったのだ。コーヒー、二人分。俺は何も言わずに、砂糖とミルクが多めに入った柔らかい色を揺らめかすコーヒーカップを差し出すと、飲む、と、確信事項のように返答があった。けれど受け取るつもりはないようで、焦れた俺はそのままカップを床に置いた。

「砂糖、入れ過ぎたかもしんねえ」
「うん」
「・・・冷めるぞ」
「うん」
「・・・・・・」

姉の涙に濡れた、爽やかなブルーのリュック。見覚えがあった。あり過ぎた。私の趣味で偏っちゃったらいけないから、と、俺が丸一日付き合わされた買い物で、姉がやっとのことで選んだリュックだった。どうして姉の恋人へのプレゼント選びに、そいつを知りもしない俺がアドバイスしてやらなくちゃいけないんだと、人混みが苦手な俺は心底不服だったけれど。

「・・・手紙とか、は」

小さく首を振る姉に、俺はそっか、と相槌を打つことしか出来なかった。
姉の恋は、一年と半年が過ぎたころ終わりを迎えた。

「何がいけなかったの、かなあ」

姉はそればかり繰り返す。

「とっても、いい人だったの。私が悪かったの。だって、あの人、すっごく怒ってた。きっと、私がいけなかったんだ。でも、何が駄目だったのか、分からないの」

初めての恋人だと、嬉しそうにはにかむ姉は、俺の知らない姉だった。けれど、こんな風に、どうして、と理由を訪ね続けて子供の様に泣きじゃくる姉も、俺は知らない。

「がんばったんだけど、なあ」
「・・・・・・」

姉を捨てた相手にはもう既に新しい恋人が居るらしいという話は、友人からたまたま聞いたことだった。姉はそれを知っているのか、いないのか。知っているんだと、俺は思う。姉の友人達は何度も塞ぎ込む姉を外に連れ出してくれていて、それでも姉の心はかつての日常に戻って来なかった。
一人ぼっちだ、と姉は呟く。

「あの人が好きなもの、全部好きになったの」
「・・・」
「あの人に、釣り合える様にって、生きてきたの」

世界の中心に、たった一人の人間がいた。
そこに、ぽっかりと虚ろな空間だけが広がっている。
彼女は、誰もいない世界に一人。

「・・・戻れないのかなあ」

爽やかなブルー。
幸せな日々。

「無理だろ」

吐き捨てる様に呟いた言葉は、姉を強ばらせた。
反吐が出る。どう考えたって、もう、手遅れだった。碎け落ちた欠片たちを必死に拾い続ける姉の姿はぼろぼろで、その視線は過去ばかりに向いていた。
俺は無理だ、と言い続けることしか出来なかった。

「分かってるよお」
「分かってねえだろ」
「分かってるってば」
「じゃあなんでそんなもん抱きしめてんだよ」

乾いた笑いは、姉のもの。
俺を見上げた瞳に、光は無かった。

「でも、いつかは、戻れるかもしれないもの」

そればかりを、夢見ている。
爽やかなブルーが魅せた、酷く残虐な夢だった。

20130329

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