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 梅雨と夏の間の季節というのは、非常にジメジメしていて気が滅入る。気温もころころ変わったりするし、湿った風が体を通り抜ける。こんな環境じゃあ集中力が続くわけもない。ああもうやんなっちゃうわ。私は晴れの日が好きなのに。許せても曇りまで。
 そんな晴れの日が大好きなタンポポみたいな私が、

「なんで私が、雨の神様なのかしら」

 一つ呟く。雨音がそれに応えるように、少し大きくなった。尤も、私の気持ちが少し揺らいだというのが理由だけども。

「君がこうやって制服を着てこの学校にいる限り、とてもそうは思えないよ」

 沖宮は頬杖をつきながらにこやかにそう返してきた。

「私、雨嫌いなのよね」
「何回も聞いてるよそれ」

 また呟く。ペン回しをしている私の指は、まるで別の生き物のように忙しく動いていた。くるくる、くるり。
 生徒会長という役職に就いている沖宮は、文化祭のしおりというものを製作中だ。内容は既に生徒会で決まっていて、彼が今やっているのは、見本となるもののデザインなのだという。

「そういうのって、美術部とかに頼むんじゃないの?」
「俺が美術部なんだよ」
「ふうん」

 意外ではない。文化系の部かなとは思っていた。スポーツマンではなさそうだから(この間、体育の持久走で青褪めていたのを覚えている)。
 沖宮は私の目の前で、するすると紙の上に不可思議な文様や人や動物の絵を描いていく。それはまるで、絵が自分から育っていくようだった。
 雨の音はやまない。雨の神様が泣いているわけでもないのに。

「さっきの話だけど」
「えっ?」

 どんどん広がっていく彼の世界に引き込まれていた私は、ちょっとだけ素っ頓狂な声を上げた。
 気がつくと、雨の音は少しだけ小さくなっている。

「雨が嫌いなら、雨を降らせなければいいんじゃないの?君は雨の神様なんだから」

 不思議そうな声を、私は耳から体にすべりこませる。

「ああ、その話・・・、それは駄目よ」
「どうして?」

 ペン回しをやめて、机の上に転ばせる。机の端に積んであるノートと教科書は、すべて沖宮のものだ。使い始めて三ヶ月弱の真新しいそれらは、この雨の湿気の所為で、幾分か重くなっているようだった。
 一つ、溜息をつく。雨が私の話を遮らないように、その音量をさらに小さくした。

「毎年ね、雨を降らす日ってのは決まってるのよ。年に一回、みんなで集まって決めるの」
「集まるって、誰が?」

 意外そうに、沖宮は絵を描いていた手を止めて、顔を上げた。

「私とか、風の神様とか、雷の神様とか・・・」
「百年単位とかじゃあないんだ」
「それだと色んなモノ達が栄えすぎたり弱りすぎたりするでしょう。世の中バランスが大事なの」
「神様が言うと説得力あるなあ」
「台風なんかは面倒ね。風の神様とスケジュール合わせないといけないから。あの人も忙しい人なのよ」

 ふうん、と、なんだかよく分からないような風で、沖宮は再び作業に戻る。私はもう喋る必要がないだろうなと思ったけれど、暇潰しに話を進めた。

「そんな感じで、晴れの神様は私たちのスケジュールの間に晴れを入れていくの。だから勝手に休んだりできないのよ」

 いつのまにか、沖宮は全ての作業を終えて、髪やペン、そしてしおりを鞄に入れていた(驚くことに、ずっとペンで一発描きだったらしい)。
 雨はやんでしまっていた。雲間から太陽の光が覗いている。そろそろ晴れの神様と交代だ。ああ、やっぱり青空と太陽が一番だわ。

「じゃあ俺帰るよ」
「私も帰ろうかしら。綺麗に晴れそうだから」
「ああ、そうか」

 帰り支度がすっかり終わっていた沖宮は、青いビニール傘を持った手を面倒くさそうに折りながら、はたと気付いた風でそう呟いた。
 外に出ると、空を仰ぐ。青空はまだまだその姿を全て見せてはくれなさそうだ。
 
「また明日」
「ええ、また明日」

 ゆっくりと、足元から透けていく。
 太陽が、チカリと雲間から見えたその時、

「一ついいかい?」
「なに?」
「雨が嫌いなのに、どうして君は雨の日にだけ此処に来るんだい?」
「だって、ね、」

 それをいい終えるか終えないうちに、私は大気の中へ溶けた。

(きっと)
(きっと晴れの日に此処へきたら)
(空へ帰れなくなってしまう気がするの)

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