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(Tumblr元画像:http://ginga-utage309.tumblr.com/post/41865578768)

今すぐに、世界が終わってしまえばいいのにと、本気で願っていた。深く暗い穴の中に、突き落とされた、ような。神様はお前のことが嫌いなんだと、世界から暴かれてしまったようだった。涙も涸れるという言葉はあまりにも安っぽくて、けれどそんな言葉が、私には一番お似合いだったのだ。
どうしようもない無力感と空虚な喪失感を抱えたまま、肌を刺す冬の街を歩き続けた。

「ねえ、寒くない?」

声をかけられたと気づくのに、時間がかかった。最初は夢の中のことだと思った。私はいつの間にか眠ってしまっていて、氷のように冷えきった体は容赦なく背筋に悪寒を走らせた。寒い。顔を埋めた腕は痺れ切って、うまく動かす事ができなくて、そのくせ握りしめた携帯を落としていないことを切に恨んだ。

「大丈夫?」

二度目の声に、びくりと肩が震えた。顔を上げると、不安そうに眉を下げた男の子の顔があった。その後ろには運河が流れていて、ぼやけていたはずの私の脳は、ここが街のはずれの川沿いの道であることを瞬時に理解していた。なぜだろう。ここは、大嫌いな、街なのに。
私と同じくらいか、少しだけ年下に見えるその子は、ジャケットのポケットに手を突っ込んだまましゃがみこんだ。そうして、私の顔を覗き込むと、唇青い、と呟いた。
その時私は、その子に返事をすることよりも、世界が終わっていない事に、心底がっかりしていたのだ。酷い目をしているとなぜか分かった。

「携帯」
「え・・・?」
「携帯、鳴ってたよ。何度か」
「・・・・・・」

携帯の画面を見ると、確かに何件も着信が入ってた。思わず力んだ手の平の、感覚はない。それは、今私が一番見たくない名前だった。
掛け直せば?と、親切なのかおせっかいなのか、彼はそう言って、けれど私はといえば携帯を地面に置いて、もういいの、と呟くのが精一杯だった。

「もう、いいの」
「なにが?」
「あなたに・・・関係、ないでしょ」
「確かにね」

彼はあっさりと言い放って、立ち上がる。私はその態度に少々面食らってしまったけれど、すぐにどうでもよくなった。さっさと、いなくなって欲しかった。一人にしてよ。もう、いいんだから。口には出さずともその思いは私から滲んでいたのか、下げた視界から彼のスニーカーが消えたとき、私は酷くほっとしたのだ。同時に、鼻の奥から突き上げてくるものには、気づかない、ふりをした。

「僕の母さんはすごく平等主義だったんだ」

上から降ってきた声に、私はすぐに反応する事が出来なかった。

「兄弟喧嘩をしたときなんか、母さんは罰として俺と兄貴を庭の木に吊り下げるんだよ」

近づいた足音は、私の目の前で止まり、それは動き出そうとはしなかった。

「木に吊るされるのって、すっごく屈辱的なんだ。だからだんだん心細くなって二人で泣いてると、決まって父さんが助けてくれた。父さんは縄をほどいて、俺達を花壇の縁に座らせると、自慢のギターを弾いてくれたんだ」

私が再び顔を上げると、青い瞳と視線が合った。とても楽しそうに、彼はにっこりと微笑むと、かたんと軽い音を立てて、焦げ茶色のギターを抱えたのだ。この寒空の下、彼はなぜか半袖で、さっきまで袖を通していた白いジャケットは腕にかかっていた。

「寒いよ」

寒いのはそっちじゃないの、と、私が反論する前に短くそれだけを言って、私の膝の上に無理矢理それを掛けると、彼は石畳の上に腰を下ろした。

「世界を恨んでも仕方ないってよく父さんは言ってた。どうにもならないことは、もうどうにもならないんだって」
「・・・・・・」
「君がどんなどうにもならないことに遭遇したのか、俺は知らないけどさ」

運河の流れる音が弦と指が擦れる音に乗ってするりと耳に入ってくると、私の目からは自然と涙があふれていた。

「俺はいま、そんな君に遭遇したわけだから。世界は捨てたもんじゃないって、思ってもらいたいんだ」

そう言って彼は、世界の美しさを教えてくれた。

20130130

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