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みかんの香る丘で
聞いた話によると、洋くんはとても喜んでいたらしい。
その日は朝からどんよりと曇った空から嫌味のように雨が降り続いていて、洗濯物は乾かせないし外にも出れないしでとても退屈な日だったと、そのお母さんは言っていた。大きなお腹の中では妊娠十ヶ月手前の赤ちゃんが元気に動き回っていて、とても羨ましかったって。けれどその日のうちに病院に担ぎ込まれるなんて、思ってもいなかったと苦笑いを浮かべていた。酷い陣痛で、痛くて痛くてたまらない。家にはお母さん一人で、突然襲ってきた痛みに耐えながらやっとの思いで玄関にある電話で救急車を呼ぼうとしたところに、洋くんがやってきた。洋くんは近所に住むお母さんのお友達の子供で、その時は中学生だった。みかんのお裾分け。それが、洋くんが家にやってきた目的だった。洋くんはすぐに救急車を呼んでくれて、一緒に病院まで付き添ってくれたんだって。

「だから洋くんとみかんは私の命の恩人なのよ」

そのお母さんはよくそうやって笑う。
洋くんは、お産部屋に入るまでずっと手を握っていてくれていた。
赤ちゃんは深夜になって生まれてきた。女の子だった。その女の子は、そういうわけだから「みかん」の字をとって、「実香」って名前をつけた。実香っていのは私の名前でもあって、つまりその女の子っていうのは私のことだ。
まだ目も開いていない私の手を握って、洋くんは少し涙ぐんでいたと、お母さんは言った。

「え、由実さんそんなこと言ってたの?」
「言ってた。洋くんは『いのちのおんじん』なんだって」
「別にそんな大げさなもんじゃないけどなあ」

照れるように笑う洋くんは、みかん食べる?といって籠の中からみかんを一つ取り出してくれた。二人でこたつに足を入れて、難しい事を喋っているニュースを眺めている。あと、由実さんっていうのは私のお母さんの名前だ。

「今日学校どうだった?」
「図書館に行ったよ」
「・・・実香ちゃん、毎日図書館行ってるよね」
「うん」
「友達は?」
「えーと、あ、図書館の先生とちょっと喋った」
「先生かー」

こたつに入ったままごろんと横になって洋くんはリモコンに手を伸ばした。ここは洋くんの家なので、洋くんは寝転べる。私はお客さんなので、行儀良くする。でも洋くんは別に実香ちゃんの家だと思って良いんだよって言うけど。洋くんの家は洋くんの家だ。
お母さんのお仕事が終わるまで、だいたい毎日洋くんの家に遊びに行く。洋くんは大学に通っていて、いつも私の宿題を教えてくれていた。

「洋くん、ここ分からない」
「算数?」
「うん」

洋くんはどれどれ、と行って起き上がってきて、ノートを覗く。二年生の筆算はちょっと難しい。

「・・・洋くん」
「んー?」
「洋くんは私のお母さんの『いのちのおんじん』だけど、私の『いのちのおんじん』でもあるんだね」
「大げさだよ実香ちゃん」
「でも、ありがとう」
「・・・俺は実香ちゃんが生まれてきてくれた事が嬉しいんから、お礼は言わなくて良いんだよ」

頭を撫でてくれた洋くんの大きな手はとってもあったかくて、私はとっても幸せだった。

20130218

着想無断拝借先 : みじゅるき(My Friend)

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