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「これさあ、絶対俺の方が死ぬ確立高いよな」

そう言った口の端が吊り上がるのを俺は感じていた。それはなんというか、そう、喜悦。どうしようもない喜びが、俺に自然と笑みを作らせたのだ。理由は何でもいい。そんなものは後からいくらでも付け足せる。油断すれば今すぐにでも声を上げてこの喜びを表現してしまいそうになる。あの不遜なる悪魔殺しが言っていた。楽しすぎて狂っちまいそうだ、だ。ただ今の状況を鑑みるに、それは適切な行動ではないということは頭の端で理解していた。それくらいの理性はある。当然だ。今すべきこと。それはとにかく、両の太腿に装着していたホルダーから拳銃を二丁取り出して、構えることだ。

「室内は苦手なんだっつーの。なあ、もっとフェアな場所でやろうぜ」
「・・・・・・」

底の見えない黒を湛えた両目だけが、じっと俺を見つめ返していた。ふん、髪の毛一本も動かそうとしやがらねえ。
さて、昨日の友は今日の敵、だったか。喜悦に震える俺とは対照的に全ての表情と感情を殺してしまった様に目の前に佇んでいるのは、敵、だった。敵。まあ、敵だ。あながち間違っちゃいない。「俺」にとっては。
ただし俺にとっては、元恋人、だった。一分前に愛し合っていた人間が、一瞬で敵になることなんて、そうそうないことだとは思う。しかしながらとても残忍極まりないことに、それは起こり得ないわけではないのだ。残酷な現実を嘆くだけなら女の方が得意だろう。出来の悪いロマンス映画の出来上がり。けれど俺に出来ることといえば、どうやらこの敵を倒すことだけのようだ。倒すとはつまり、殺すという事だけれど。
その証拠に、大振りのナイフが一本。奴の左手に収まっている。抜き身の刃に、派手な浮き彫り。初めて見る奴の得物は、装飾華美なボウイナイフだった。

「趣味悪ィの。それ、何。猫?」
「火車」
「かしゃ?」
「死体を奪って、焼く」
「へえ」

妖怪じみている。実際に妖怪の一種なのかもしれない。どうでもいい。死体を焼く。そのフレーズはなんとも、日常だ。
笑みは、消えない。いつのまにか俺の体も、硬直していた。恐怖は原因ではなかった。そんなものは、もうとっくの昔に捨ててきている。言うなればそれは反射だ。仕事の、いつもの、体に染み付いた動き。
一ミリでも己の身を動かせば、やられる。
腹を探り合う必要はもはやなくなっていた。殺すか、死ぬか。最終的にはいつだってその二つしか選択肢は残されていないのだ。それが恋人だった人間だとしても。

「ベッドの上じゃああんなに汐らしかったのに」
「・・・・・・」
「そう睨むなよ。もう俺たちにはもう別離の道しかねえんだから」
「知ってた」
「何を」
「・・・・・・」

答えを待つその刹那、開け放した窓から風とともにどこからか赤い花弁が舞い込んできた。酷く見覚えのあるその赤は、薔薇のそれだ。

「あんたが、敵だってこと」

薔薇の花弁が、床に触れた時、俺の足は、既にそこを離れていた。

「―――ッ、が・・・!」

獣の速さで距離を詰めた、相手が半歩下がる前にその腹を蹴り上げ喉元に銃口を押し付けて、全ては終わる。そのはずだった。
喜悦に固められた俺の感情が、そこで揺さぶられた。

「じゃあ、何か。てめえは俺に吐くほど甘い言葉を浴びせてたときも、俺の下で涙流して啼いてたときも、頭ん中じゃ俺の殺し方ばっかり考えてたってことか? ・・・はッ、とんだ変態もいたもんだな」

特注のブーツを踏み下ろした身体がぐにゅりと嫌な感触を伝えた。喉を通らない唾液が口端からこぼれ落ちていくのを、俺は妙に冷め切った目で見下ろしていた。喜びなど、既に消え失せている。今はただ、腹の底からこいつを殺してやりたかった。本当に、狂ってしまいそうだ。
下ろされた撃鉄に、逃げ道はない。

「俺だけだったってことかよ。俺だけが、なあ、何とか言えよ」

腹を踏み敷かれた人間がそうそうに言葉を吐けるわけもない。そんなことは分かり切っていた。知っている。こいつは、知っていたのだ。最初から、こいつは一つの選択肢しか持っていなかったのか。頭から冷水をぶっかけられたみてえだ。
まるで悪い夢。

「は、はは。く、あはは。なんだ、そうか。俺だ、け―――?」

不意に溢れた笑いに隠れて視界の左端で動くものがあった。瞬時に判断された指令は左手。しかし、それを動かす前に喉に冷気が、翳めた。
ぷしゅ。

「、あ」

まるでワインのコルクを抜いたときのようだと思った。或いは、密閉した容器から炭酸ガスが吹き出るような。吹き出たのは赤。薔薇の花弁の如き。妙な重力を全身に感じた。おかしい。どうして視界が揺れている。浮遊、落下、転倒。足下から崩れ落ちた俺の視界は真っ赤に染まっていく。頬に生暖かな液体が降り掛かり、赤い幕の向こうからあいつの目が映り込んだ。口の中に広がる、鉄。
形勢、逆転。

「・・・   ――」
「あんただけじゃ、ない」

違うよ。違う。否定と拒絶ばかりを並べ立てた口元に水よりも透明な涙が落ちていく。

「どうしてそんな事言うの、ねえ」

嫌だ嫌だとだだをこねる姿がまるで子供のようで、血の足りなくなったあたまでは、俺は、おれは、
さいごの、ちからを、

「――! な、に」
「おれの、」

あふれんばかりのあかをくちいっぱいふくませてくびをしめるようにひきよせたそのやわらかなくちびるにせいいっぱいおしつけた。
ながしこんで、びしょう。

「あじ、おぼえて、しね」

あいしてた。

20130210

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