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あの子は今日も一限目の始まりから少し経ったあとに教室に入ってきました。それはけれども比較的頻繁にあることだったので私を含めたクラスの皆は特に気にすることなく、授業は淡々と進んでいきます。と、いうわけにもいかず、何故かといえば本日一限目、英語の教科担任というのは男尊女卑も甚だしいほどに日頃から女子生徒に対してきつく当たる教師の風上にもおけないような屑でしたので、今日も今日とてねちねちと粘り着くような喋り口調であの子への攻撃が始まったのでした。むしろ予想通りと言っても良いでしょう。教室のところどころで既に諦めと苛立ち半々の溜め息が吐き出されているのにも気づかず、教師は彼女への攻撃を尚も続けるわけなのですけれど。

「センセぇー、授業しねぇの?」

そろそろ言ってることが支離滅裂になってきたところで有り体に言えばクラスのムードメーカーともいえる一人のの男子が彼女を助けるためというよりもむしろクラスで満場一致したらしいネタの一部としてそう声を上げると教師は渋々といった表情で座れとだけあの子に言い捨てて再び授業が始まったのでした。
彼女はと言えば教師の言うことなど気にもとめずに相変わらずにこにこと幸せそうで空席だった私の隣の席に腰を下ろして手に持っていた小さな花束をそっと机の上に置きました。色とりどりの花々が束ねられたそれは妙に綺麗な仕上がりをしていて、まるでどこかの花屋で仕立ててきたようでした。彼女はがしゃがしゃとストラップとマスコットが沢山ぶら下がったスクールバッグを漁ってとりあえずは英語の教科書とノート、それとモンスターなんだかパックマンなんだか分からないような形をしたペンケースを取り出してふうと息をついたのでした。

「おはよ」

私がそう小さく挨拶すれば「うん、おはよ」と返してくれます。走ってきたのでしょう。少しだけ息が上がっていました。しかしながらたったそれだけの会話でも五月蝿いと喚かれてしまったので授業中は静かにする他なかったのですけれど。

『大丈夫?』

筆談、というのは、声を必要としないのが良いですね。
ノートの端に小さく問い掛けたそれは運良く彼女の目に留まり慌ててあちらもノートを開いて同じように答えてみせてくれました。

『だいじょーぶ』

そのメモの隣に描かれたブタなのかタヌキなのか判別しがたい生き物に思わず笑いが零れました。

『それはなに?』
『ねこだよ』
『違う違う。そっち』

ネコだったことに多少の驚きを隠せなかったですけれど。
クエスチョンマークを頭の上に浮かべた彼女のために、花束を指差してみます。すると合点がいったとばかりに彼女にっこりと笑ってノートに返事を書き込みました。

『さっきお花屋さんのオニーサンに貰ったの』
『お花屋さん? 赤金魚通りの?』
『そう! 知ってる?』
『行ったことないけどね』

花屋というのはあまり日常的に訪れる店ではないので、記憶は朧げでしたけれど、確か若い男の人が一人で開いているお店だったはずです。

『オニーサンってば変なんだよ。目覚まし時計の話とか』
『目覚まし時計?』
『ね、変よね!』
『そだね』

いまいち脈絡の掴めなかったけれど、彼女が変だというのなら変なんだろうと思います。目覚まし時計。
そうして、花束はあとで教室に置いてある花瓶に生けておくのだと書き置いた後、その隣にカラーペンで毛糸の塊のような恐らくは花束であろうイラストを添えて、彼女は笑いました。
彼女は、よく笑う女の子です。
そして私は、その笑顔がとても好きなのでした。

『ね、今日の帰りって空いてる?』
『帰り?』
『忙しい?』
『ちょっとならおっけい!』

親指と人差し指でできた丸が私に向けられます。
私はちょっと趣向を凝らして、ピンク色のカラーペンを手にとって、まるで宝物みたいにそっとその言葉を書きました。

『桃兎通りの方に新しい雑貨屋さんが出来たんだって。夕方からは雨も止むみたいだし』

それを見た彼女の瞳はキラキラと輝いて、とても綺麗でした。

『行く行く!』
『シュークリームも食べる?』
『食べる食べる!』
『りょーかーい』

彼女に倣って、メッセージの隣にこにこ笑顔のウサギを添えると、彼女のウキウキとした気分がこちらにも倍になって返ってくるようでした。

20130120

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