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急いで走っていく姿をよく見かけていた。おにぎりだとか、サンドウィッチだとか、恐らく朝食と思われるものを口にくわえて、赤金魚通りを駆けて行く。酷く急いだ様子で。毎朝じゃあない。けれど比較的よく見かける光景だった。推測できるのは目覚まし時計との睡眠時間の不一致というところだろう。あと五分が、起きてみれば三十分後だったりとか。僕にも多少身に覚えがある。
自転車は持っていないらしい。黒と黄色、星柄のスニーカーで、蛍光緑の靴紐。なんとも奇抜な靴だなと印象に残っている。夏はセーラー服で、冬はその上にセーターを着ている。私服は見たことはない。けれど恐らく、鞄についている目に優しくない色のマスコット達だとか、ピカピカしたワッペンや缶バッヂから推測するに、まあ、そんな、そういうファッションセンスなんだろうと思う。
傘は、小学生が使ってるような小さくて黄色いもの。

「あっ、うにゃっほーオニーサン!」
「うにゃっほー、女子高生」
「今日もいい天気だね!」
「この土砂降りでそんな風に言える君の『悪い天気』に興味があるよ」
「あれ? オニーサン、遅刻しちゃうよ! こんなお花屋さんでのんびりしてたら駄目だよー!」
「僕はこのお花屋さんの店長さんだから遅刻はしないんだよ。君が遅刻しちゃうんじゃないかな」
「あのねえオニーサン、わたしこの前怒られちゃった」
「誰に?」
「先生! 遅刻多いよって!」
「よく走ってるもんね」
「走るの好き!」
「それは良い事だね。今度は目覚ましをもう少し早くセットしてみたら?」
「んん? なに?」
「目覚まし時計だよ。寝坊の防止になるかも」
「わたし寝坊してないよ」
「え?」
「いつもはね、朝ご飯とお昼ご飯とお弁当作ってーお洗濯して、ちょこっとお掃除するだけなんだけど! お母さんがねえ、頭痛い痛ーいな時とか、おちびちゃんがお腹空いたーな時とか、いろいろあるとねえ、お家出るのが遅くなっちゃうの!」
「そうだったの」
「今日はお母さんわんわん泣いちゃってねえ。おちびちゃんもわんわん泣いちゃったから、ちょっと大変だった」
「それはそれは。お疲れだったね」
「ちょっと眠い! じゃー、もう行くね!」
「あ、ちょっと待って」
「んへ?」

再び走り去ってしまう女子高生を呼び止めて、まだ朝日を浴びて間もない花達をいくつか引き抜き、簡単なブーケに束ねて手渡した。色の調和も何もない花束だったけれど、それは様々な色を纏う彼女になかなかよく似合っていた。

「あげる」
「えっ、いいの?」
「いいよ」
「わあ! ありがと!」
「いってらっしゃい、女子高生」
「いってきますよ、オニーサン!」

手を振って走り去る女子高生の背中はとても軽やかだ。
きっと、たくさんのものを背負っているのだろうと、僕は思った。

20130117

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