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「ごめん、ごめんな。本当に、」

ごめん。と、思わぬ形で再会することになった彼は、そんな風に謝罪を繰り返した。私としてはいまいち状況が把握できてない所為で、その言葉に何の答えも返すことができないでいるのだけれど。一体何なんだろうこれは。どういう、状況なんだろう。
涙は流れてないけれど、泣いているのだろうと思う。震えた声音が、それを証明していた。俯くことで現れた影で、うまく表情を読むことができなかった。そんな彼を見上げて、私は小さく溜め息を零したのだ。状況を、把握できないなりに。

「・・・元気?」
「えっ・・・、あ、うん。元気です」

虚を突く形になったらしいその問いに、彼はびくりと肩を震わせて小さく頷いた。何故敬語。図体ばかり大きいくせに、一度線が切れると一気に弱々しくなってしまうところは、変わっていない。
私の顔を見て何を悟ったのか、困ったように小さく笑うと、彼はええと、と、頬を掻きながら切り出した。何を照れてるんだか。

「ひ、久しぶり」
「そうね。久しぶり」
「今、何やってるの?」
「何って・・・別に。それなりに稼いで、それなりに生きてるわ」
「変わんないなあ」

それから、普通に世間話をした。近況報告、その他諸々。彼は相変わらず話の流れを切ってしまう悪い癖が抜けていなくて、すぐに自分の話したい話題ばかりに切り替えてくる。興味が移るのが早く、そして話題を思いつくのも早い性質。会話だけで振り回される方は溜まったものじゃないだろうと思う。主体性のない私には、その性質はあまり苦になるようなものではなかったのだけれど。
そうして、話題が私の友達や同級生達の近況に移ると、また。

「ごめんな」

そう言って、謝罪を繰り返す。もしかしたら、私たちはこれをいつまでも永遠に繰り返しているのではないかと錯覚した。そんなこと、有るはず無いわ。

「さっきから、なんなの、それは」

いい加減、どうにもならなくなってしまったと、私が痺れを切らしてそう聞けば、ごめんな、と返ってくるのは謝罪ばかり。だからそれは、もう飽きちゃったわよ。
彼は、いつになく真剣で、けれど罰が悪そうな顔で、どうにも、悔しそうに眉間にしわを寄せて、色んな感情が綯交ぜになった表情を、私に向けて、その瞳に、私を映した。

「君を、幸せにできると思っていた」

ひとつ。

「君を、幸せにするために生きていた」

ふたつ。

「でも、うまくいかなくて、ごめんな」

とっくの昔に死んでしまっているはずの彼は、まるで本当に目の前で生きているかのようにそう呟いて、また、謝った。今度は、泣いている。細い涙が、雨のように頬を濡らしていた。私は目の端にかかってきた髪を書き上げて、また溜め息をついた。
つまり彼は、ずっと、こんな風に想いを抱え続けてきたのだろう。

「君は優しいから、俺のことを、忘れることができないのだろうし、きっと、これからも俺のことを引きずってしまうんだろうって。そんな風に考えてきて」
「・・・・・・」
「死んでからも、君を苦しめることになるって、思ったら、俺、」
「・・・・・・」
「ごめん、な」

ああ。
狡い人だなあ、と思った。
いっそのこと。
忘れないでくれ、とも。忘れてくれ、とも。何でも良かった。言葉で縛ってくれたなら、どんなにか楽だったのに。
結婚して、子供を産む友人を見て、見届けて、なにも、感じなかったわけじゃない。
それでも、ここまでやってきたのは。ここまで、生きてきたのは。

「・・・ああ、そう」

何も分かっていないのだなあと思う。結局この人は、私のどんなところを知っていたのだろうか。謝ってくるタイミングも、何もかも、遅いなあ、とも、思った。
怒りも沸いてこない、私も私だ。

「どうってことないわよ、そんなこと」
「え・・・?」

呆けた彼の顔を、精一杯近くに引き寄せて、呆れたいのは私の方よ、と、心の中で悪態をついて。

「どうってことないのよ、そんなこと」

最後の、口づけ。

「私はとっくに、幸せだったもの」

幸せそうに笑う彼の顔が、まるで燃えていくようで、泣きたくなった。

20121224

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