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 夜が笑っている。鮮やかな黄色の光をもって空に浮かぶ三日月を見上げ、私はそんな風に思っていた。脳に訴えかける空腹感に堪えているので、だんだんとそれがクッキーだとかバナナだとかに見えてきてしまうのは仕方ないことだと思って欲しい。折角の情緒が台なしだ。

「月が綺麗ですね。」

 私の隣に佇む梟が、そんなことを鳴いていた。人間の子供ほどもある、大きな梟だ。満月程でない微かな月の光をその眸の奥に潜めて、同じように黄色い嘴を噤んでいる。時折の毛繕いで、下には四枚五枚と羽が落ちていた。

「夏目漱石?」
「よくご存知で。」

 私が訊くと、尤もらしく頷いて、ほう、とため息のように鳴いた。ご存知もなにも。よく知られた話だ。 昔々。文豪と呼ばれた小説家が、愛を月へ置き換えたという。

「梟は月がないほうが良いんでしょ?」
「仲間はそう云いますがね。」

 私は月が好きなんです。と、梟はそう鳴いて羽を広げた。何をしているのかと問えば、月の光を羽根一枚一枚に浴びせているのだという。ますます音を消して飛べるのだとか。夜風に靡く羽々は、綿菓子のようにふわりふわりと。

「はむ」
「・・・何してるんですか。」
「美味しそうだったから、つい痛っ!」

 ばしり。頭を叩かれてしまった。とっても痛い。鳥の筋肉というのはとっても強いものだというのを、どこかで見たことがあった。 三日月は、そんな私たちを、相変わらずにやりにやにやと笑っていた。いけ好かないなあ、と、たまに、ほんの少しだけ思ってしまうのは、私の秘密だ。
 目を細めて、翼を広げながら月を仰ぐ梟は、まるで壮麗な宗教画でも見ているようだった。 愛を月に、というより。 まるで月を愛そのものだと信じているかのような。

「お嬢さん。」
「なあに?」
「月が、綺麗ですね。」

 ほう、と吐き出されたのは、夜の吐息だ。

「綺麗ですねえ。」

 その吐息を吸い込むように、私はそうして三日月の下、梟の隣で眠ったのだ。
 三日月はやっぱり、夜の中で笑っていた。

20121019

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