text | ナノ


 彼女の物語を終えて、私が思い出していたのは、あの子のことだった。彼女が全ての記憶を無くして、或いは全てを拾い上げて歩んでいくのを見送って、私は一人、あの子の事を想っていたのだ。
 あの子について、私が知ることはあまりにも少ない。あの子の家と、部屋と、声、その姿。それくらい。あの子と私は友達だったわけでは、なかったから。そうであったらいい、と、思うことはあっても、それは叶わなかったから。
 ・・・ああ。もうひとつ、私があの子について知っていることがあった。でもそれは、何と言ったらいいのか。きっとあれを言葉に表せるのは、表していいのは、あの子だけだろう。そう思う。あの子なら、あれを何と言ったのだろうか。
 知らないことのほうが、はるかに多い。
 彼女に対する私の第一印象は、不思議なことに、皮肉なことに、あの子に対するそれと全く同じだった。女の子、無感動。冷静な。少しだけ、気持ち悪さと、怖さを感じてしまうほどには、人間味が感じられないような。あの状況での年齢不相応な振る舞いに、私は驚いたものだった。(尤も、あの子の年齢を、私はついに知ることができなかったのだけれど。きっと、大人ではなかった筈なのだ。)少しだけ、着ているものが似ていたからだろうか。髪色が、同じだったからだろうか。私は確かに、彼女の中にあの子の姿を見ていた。感じていた。重ねていた。懐かしんで、いたのかもしれない。あの子のような存在に再び出会えたことで、かつての記憶の箱に触れたような。或いは、僻んでいたのかもしれない。あの子に似た存在が、あの子の存在を奪っていってしまったような。
 けれど。
 けれどそれは、今から思えば、とんだ思い違いだったのだ。勘違いも、甚だしいほどに。
 彼女の物語が先に進む毎に、私の既視感は強まっていって、そうして、それは、唐突に打ち砕かれることになる。 暗い暗い、闇を喰らうかのような世界で、彼女の隣にはあの人が居て、あの子にの隣には誰も居なかった。それが、あの子と彼女を分かつ、決定的な違い。決定的に、絶対的な違いだった。手を引いて、導いてくれる存在。彼女を励まし、慰める存在。彼女を守り、共に逃げる存在。あの子の隣には、誰も居なかった。
 思えば、あの子はいつ会いに行っても、どこに居ても独りだった。初めて会ったときも、二度目に会ったときも、最後に会ったときも。ずっと、独りだった。友達は、いたのだろうと思う。けれど私は、あの子が人と一緒にいるところを、見たことがないのだ。あの子の周りにいたのは、あの子の敵になるモノか、あの子を気にしないモノだけだった。 願わくば、私が、あの子の隣に、いられたらよかったのに。何もできなくても、彼女の隣にあの人が居たように、あの子の隣にも誰かがいれば、きっと。(きっと?何もできなかったくせに。なんて、浅はかな。)
 彼女の物語の終わりは、沢山の可能性に溢れていて、彼女にとってそれが現実となっていて。幸不幸の違いなんて人それぞれで、だから私が一概に何を言えるわけでも、なかったのだけれど。彼女にてってそれが全てだっただろうから。私は、何も言えないけれど。
 未だに。今でも。
 酷く澱んだ後悔の念が私の中で首をもたげていた。私が出来たことと言えば結局、あの子の小さな背を押すことだけだった。最後にあの子を呼び止めることも、引き止めることも、出来やしなかった。手の平で汲んだ水が指の隙間から零れていってしまうように、あの子はいってしまった。
 あれしかなかったのか。ああするしかなかったのか。私はまだ考えている。夢の奥で、あの子の涙を見たときから、ずっと。(或いはそれも私の願望なのだ。何せそれは夢の中なのだから。)
 あの子の背を押したのは、紛れもなく私だったのだから。
 それは変わらない真実だった。
 夢ではない、現実だ。
 今日も私はあの子に会いに行くんだろう。肺に溜まった悲しみを抱えて、あの子を愛しいと思いながら。
 
 ばいばい、また夢で。

20121016

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -