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「正義の味方になるには」

 突然、そんなことを言う先輩の目はいつものように真剣だった。長い髪をまとめもせずに風に靡かせた先輩は、そのあと思いついたように菓子パンに食いついた。
つまり何が言いたいかというと、いつもの七里先輩だった。

「正義の味方になるには」

 たった今言ったことをもう一度口にするその意図は、どうやら思わず食いついてしまったジャムパンを咀嚼した時間を、仕切り直して埋め直す必要があったから、らしかった。

「秘密基地が必要だよね、五十嵐くん」
「いりませんよ」

 僕の即答、コンマ1。「五十嵐くん」の「くん」の部分に被せるような形で打ち返されたその言葉を、しかし先輩は平然と見逃し。ワンナウト。

「地下か木の上がベストだと思う。あ、あと海底だね」

 しかし怯まない僕。無視を決め込む。
 正月明け、公園。
 三が日にも関わらず献身的に営業している図書館からの、帰り道。
 白兎をリードに繋いで散歩する、変な人に行き会った。もちろん考えるまでもなく脊髄反射的に七里先輩であるわけだけれども。背中には

「おや、意外にもおしゃれな私服を来てそこの道を行く準イケメン高校生は五十嵐くんじゃないの? 奇遇だね」
「・・・あけましておめでとうございます」

 僕の疑問、準イケメンの基準。

「うん、おめでとう」

 ふんにゃりと笑う七里先輩は、心無しか少しふっくらしたような。ふむ。正月太りというやつだろうか。まあその辺のデリケートな問題をジョセイに振るのは失礼になるのでここは目と口を噤んでみる。

「ねえ聞いてよ五十嵐くん、私ちょっと太っちゃった」
「今この瞬間僕の気遣いが音を立てて崩壊したんですが」
「多分正月中の一日六食の切り餅が原因だと思うんだけど」
「むしろそれだけ食べといて『ちょっとふっくら』程度なのが不思議です」
「切り餅ダイエットしなくちゃ」

 どちらにしろ切り餅一択なのか。

「五十嵐くんは図書館?」
「そうですよ」
「ここの図書館働き者だよねー。休んでるとこ見たことないや」
「先輩は散歩ですか」
「そーだよー」

 ぱたぱたとリードを降る先には、ちょこんと座り込む七里家白兎・イナバ。会うのは久しぶりで、かつ、二度目だ。挨拶代わりに一撫で。相変わらずのふわふわ加減。
 ・・・あれ?

「メリーはいないんですか?」

 七里家陸亀・メリー。この前会ったときには、イナバとともに先輩と散歩に来ていた彼女を思い出す。

「ああ、冬はね、あんまり外に出たがらないから」
「なるほど・・・」

 そっか、亀は冬眠するものか。
 ・・・ん、あれ、陸亀も冬眠とかするのか。まあ、そこら辺の細かいところも、深く訊かないほうがいいのだろうと思う。
 メリーのことを思い出した連鎖で、次に脳裏を横切ったのは、この公園で二匹と遊んでいた小さな子供たちのこと。

「メリーもですけど、子供たちもいないんですね」

 たしか子供たちと遊ぶのは日曜日だとか言っていた気がするけれど。

「んー・・・別にちゃんと約束しているってわけじゃないし。みんな里帰りだと思うよ。ほら、お祖母ちゃん家とか行ったでしょ?」
「まあ、今でも行きますよ」

 少しずつ、滞在期間が短くなっていっただけだ。
 先輩はシンプルなダッフルコートに、赤いマフラーを巻いていた。耳あても手伝だって、完璧な冬装備だった。背中にはいつもの飛行機がプリントされた青リュック。
 「座らない?」という先輩の誘いを受け、今は枝だけとなった藤棚の下にあるベンチに座る。なぜかイナバは、僕の膝の上に乗ってきた。気に入られたようだ。相変わらずイナバの体温が暖かい。
 少々の沈黙のあと。

「正義の味方になるには」

 ここでやっと、冒頭につながる。

「五十嵐くん! 秘密基地を作」
「りませんよ」

 イナバを撫でながら先輩の方を見ずに即答。脊髄反射。

「えー、なんで」
「初っ端から『地下』だとか『木の上』だとか『海底』だとか言ってる人の提案に乗れると思います?」
「乗れるよ。ノリノリだよ」

 先輩に聞いた僕が迂闊だった。そうだよな。いつでもノリノリだこの人は。

「そもそもなんで正義の味方なんですか」
「かーっこいいいでしょー」
「え、っと、ウルトラマンみたいな」
「んにゃ、どちらかというとアンパンマンだね。自己犠牲に生きるタイプだよ」
「なるほど」

 ちょっと分かり易い。

「愛と勇気だけが友達なんて、なんて一匹狼・・・!」
「いえ、あくまでもそれは歌詞の一説であって、実際の彼はとってもフレンドリーで温かい心の持ち主です」

 よく考えるとあの歌詞はとても深いものがあるよなという話。
 『何が君の幸せ、何をして喜ぶ。』ふうむ・・・。深い。

「ところで五十嵐くん」
「なんですか」
「イナバのことなんだけど」
「ええ」
「イナバも正月キャンペーンってことでちょっと太ちゃってみたいで・・・」
「なるほど・・・言われてみれば、少し大きくなってるような」
「とっても美味しそうじゃない? お尻の辺りとか特に。食べちゃいたいよね」
「先輩は正義の味方を目指さないほうが良いと確信しました」

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