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 壊れてしまえ、と、青年は呟いた。それは単に彼女に対しての呪詛であったわけだけれど、同時に彼を縛る鎖となっていて、しかし彼はその事実に気づいてはいなかった。
 壊れてしまえばいいのだ。そうすれば。それならば。

「壊れてしまえばいいよ、君なんか」
「奇遇ね、私も予予そう思っていたの」
「粉粉に、欠片も残さず、壊れてしまえ」
「そうね」

 自らへの呪詛に対して眉一つ動かさずに淡々と返答をする彼女とは反対に、彼の双眸からは涙が止まらなかった。ぼろぼろと、ビー玉のようなそれが、溢れては零れていく。必死に抑えた嗚咽が、とうとう吐き出された。

「壊れてしまえば、いいのに・・・っ」

 そうしたら。今度こそ。

「私もそう思うわ。でもね」

 無理なんだわ、きっと。
 唇に乗せた言葉は小さくとも、彼にとっては鋭かった。
 壊すよ。

「全部、壊すから」
「そうね」
「消してしまうから」
「そうね」
「辛いのは、嫌だ」
「そうね」
「じゃあ、なんで」
「忘れられないもの。忘れられないわ、私」

 核心。その全てが。
 青年は取り戻そうとしていた。彼女が失ったものを。彼女が忘れられなかったから。けれどそれは世界の法則の中で不可能であったので、だから今度は彼女を壊さなければいけなかった。
 忘却を選ばなければ、彼女がいつまでも救われない。

「ありがとう」
「嫌だ」
「聞いて」
「いやだ」
「ね、」
「嫌だ、いつまでたっても、君が、」

 青年が足元から崩れ落ちるのを、彼女は優しく受け止めた。慟哭。悔しさを押し殺して、やはり大粒の涙を流す青年の柔らかい頭を、いとおしく抱きしめた。

20120730

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