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 恋愛狂というか、恋愛症というか。
 私の友人には、そんな病気をもつニンゲンが、一人いる。

「ふーちゃん聞いてよー」

 席に座るなり嬉しそうに笑う顔。振りまかれるお花とハートとキラキラが、だいぶウザイくらいに部屋に充満していく。だいたい言いたいことはその顔で分かってはいるのだけど、心優しく友人思いな私(と思ってはいるけれど、実際心優しく友人思いな人間は自分でそんなことは言わないのだろう)は仕方なく読んでいた本を閉じて「どうしたの」と声をかけた。

「今朝電車ですっごくイイ男を見かけてさ! それで満員電車で押しに押されてその人と急接近できちゃってー」

 ニコニコ、キラキラ。雪崩れ込むように机突っ伏して、猫のように伸びをする。「後とかつけてないでしょうね」と私が一睨みすると、ビクリと肩を震わせて目を反らせた。

「うん、そこはなんとか、踏みとどまれた、ぜ・・・・・・」
「目を見て言いなさいよ」

 ここで、突如として突然に唐突に出し抜けにお知らせだけしておくけれども。
 この恋する瞳を持ってして笑顔を振りまき今を生きる私の友人その一、三笠は、生物学的にはオス、世間一般でいうなら男という人種になる。
 オトコノコが好きなオトコノコ。
 俗にいう・・・・・・えっと・・・

「結局、ゲイとホモの違いってなんなわけ?」

 そう聞けば、死んだ魚のような目でジトリとこちらを睨むと、口を尖らせる。

「えええええ、何度目だよその質問。ふーちゃんほんとに記憶力ないよな」
「中学高校と暗記科目でひたすら赤点とってたやつに言われたくないわよ」

 腐れ縁。
 小学校から大学まで、学習机の宣伝に使えてしまうようなほどの付き合いがある私と三笠の関係は、その一言で片付いてしまう。家族同士の付き合いがあるとか、幼馴染だとか、そんな甘いものはないにも関わらず。
 とにかく、気がつくと私の周りのどこかに存在してる、だからこその、腐れ縁。そろそろ腐れ落ちちゃってもいいんじゃないかなと、思わなくもない。
 三笠は私の、腐れ縁の、友人だ。

「・・・・・・だから、ゲイは同性愛者の総称で、ホモは男の同性愛者の名称なんだよ」
「じゃあレズもゲイなんだ」
「そ、あんまり使われないけどさ」
 ごろり、と仰向けになってそう返す三笠はやっぱり猫のようで。
「・・・で、そのイイ男をつけながら来たわけね」
「だから途中で踏み止まったって!」

 教室にはまだ、私と三笠だけ。早朝の大学構内は、やけに静かだ。
 私が再び本を開くと、三笠はつまらなさそうに私を見上げて、それから目を閉じて溜息をついた。
 三笠を横目で一瞥して、私は口を開く。

「またフラれたの」
「え、なんで」

 心底驚いたと、そんな顔。小説の文字を目で追いつつ、私の喉からは少しだけ、ほんの少しだけ苛立ちの色を含んだ声が出る。

「いい加減自分の行動ぐらい把握しときなさいよ」
「なにが?」
「一、朝が苦手なはずのあんたがこんな早くに私を呼び出したこと。ニ、会えば相方の惚気しか言わない口から電車で見かけた男の話が出たこと。三、昔からフラれるたびに私に話しかけてくること。・・・はい、この一から三で導き出される解答は?」
「俺がただいま絶賛失恋中だってこと」
「せーかい」
「うわあああああふーちゃん大好き愛してんぜえええええ」
「はいはい」

 抱きついてきたふわふわの茶髪を撫でながら、私はパタリと本を閉じた。三笠の目には若干の涙。これを写真に撮って大学の女の子に売り捌けばそれなりの小金稼ぎになるだろう。顔が良いだけ、よく映える。見慣れてる私に、感動はない。

「今年に入って三人目でしょ」
「言うなよー・・・・・・傷ついてんだよこれでもー」
「原因は?」
「向こうの浮気」
「ベタ」

 この前は、性癖の不一致、だった。性癖。性格じゃなくて。

「なんだろうなあ、俺ってそんなに魅力ねーかな」
「私に聞かれても困るんだけど」

 私に分かるわけがない。同性愛に偏見はないけど、私は至ってノーマルだ。ヘテロ、というやつ。
 そもそも、性別が違う。

「女の子から見てどうなの俺」
「ノーコメント」
「なにそれ」
「フラれたってより、フったって感じね」
「浮気がわかって問い詰めたらフラれたんだよ」

 盛大な溜息と、うつむいた顔。思い出されるのは、あの言葉。

『吹瀬、俺さ、ビョーキかも』

 そんな風に呟いた三笠は、高校二年。まだ私を苗字で呼んでいた頃。私ももちろんその学年で。高校で唯一、私と三笠が同じクラスだった時。

『変だ、俺』

 誰もいなくなった教室で、夕日を横顔に受けて、三笠は今にも泣き出しそうな顔で、そう言った。呟いた三笠の想い人は、陸上部の先輩。男。気づいたその感情に、三笠は悩んで、戸惑った挙句、唐突に、一方的に。感情と勢いにまかせて私に全てを吐きだした。

『ごめん吹瀬、気持ち悪い、よな』

 泣きそうに笑って、きっと、三笠が私にそんなことを言ったのは、とりあえず近くにいたから、なんだろう。
 もともと惚れた腫れた云々の話が嫌いで、且つ面倒臭く、且つその他色々な苛立ちがあったことも重なって、私はさっさと話を切り上げるべく、たしかこんなことを言ったはずだ。

『私から見れば、女を好きになるのも男を好きになるのも大した違いじゃないわ』

 正直、それが失恋する度に三笠が私を呼ぶ理由なんじゃないか、と。思ったり、思わなかったり。
 それから三笠は私をふーちゃんと呼ぶようになって、私は三笠をなんとなくの知り合いから友人とするようになって、腐れ縁は相変わらず繋がっている。

「もうバイトいくのも面倒」

 三笠のバイト先は、まあ、俗に言うゲイバーなわけで。私も何回か行ったことがある。
 私から離れて、机に突っ伏して顔を埋めた三笠の声は、とても細く、小さかった。

「やけに消極的ね。落ち込むたびに『次だ次!』って言える若さはもう無くなったの?」
「そんな俺がおっさんになったみたく言うなよ・・・いい加減さ、嫌なんだよ」
「何が」
「恋愛すんの。ねえふーちゃん、愛って何よ」
「彼氏もいない私に聞く?」

 そう返しながらも、私はすこしだけ、驚愕。
 恋愛狂で、恋愛症で。恋の病は医者でも直せないとは、言うけれど。常に愛してくれる誰かを探していた三笠の口から、そんな言葉が出てくるなんて、思わなかった。
 愛って何。それは人類永遠の謎。

「そうだアレ、長年不思議だったんだけど、ふーちゃんなんで彼氏作んねーの?」
「私が告白とかするタイプに見える?」
「でも、されるタイプだろ」
「・・・・・・」

 否定は、しないけれど。

「なになに、好きな人とかいるわけ?」
「男の癖にそういうの食いついてこないでよ」
「俺にその言葉は通用しないの!」

 とてもウザイわけで。
 好きな人、ね。見当は、ついているものの、正直自分でも良く分からなくなっているけれど。その手の話は、嫌になる。
 三笠はニヤニヤと口端を緩める。さっきまで自分の失恋話をしていたこと、もう忘れたんだろうか。腹いせに吐き捨てるように「そんなんだからフラれるんじゃないの?」と言い返した。

「女々しい」
「でも俺、どっちかっていうとタチ」

 夜の話はしてない。

「俺、もうだめかも」
「これまで何度もあったじゃない」
「そうなんだけど・・・でも、そろそろ限界っていうか、痛いっていうか」

 毎回フラれちゃうし。そんな風に眼を閉じる三笠は、悲痛な顔をしていて。いまさらながら、その言葉が本気から出ていることを知る。
 脳裏を横切る、あの夕日を受けた横顔と、今にも泣きそうな笑み。浮かび上がる想いと、苛立ちと、その他、どろどろした気持ち。

「じゃあ、」
「え、うわっ」

 手を伸ばして、三笠の首根っこを引っ張って、その頭を膝に乗せた。突然のことに三笠の抵抗はない。

「私にしなさい」
「は?」

 さかさまの三笠の顔。見開かれたその両目を覆った。

(初恋相手がホモだったなんて、私もどうかしてる)

 十余年の、片思い。

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