text | ナノ


「夏というものがやってきたわけだけど、皆のように高校生という立場にある人たちは、やっぱり課題という名の枷でこれでもかというほど雁字搦めにされてしまうわけでさー。しかも私はまあ俗に言うところの受験生という属性を持っているから? 受験勉強という拷問を受け続けなければならないので、近いうちに発狂して虎になってしまいそうな勢いです。さてそれでは五十嵐くん、この夏どっちが先にリア充になれるか競争しようか」
「課題と受験勉強はどこに言ったんですか」
「昨日イスカンダルに旅行にいったよ」

 宇宙の彼方に旅立ったらしい七里先輩の課題テキストやプリント類は今頃どこを彷徨っているのだろうか。
 夏休みといえども先輩の言うとおり我々高校生には補習が付き物であるので、いつもと 変わらず朝早くから学校に通っている僕(誤解を招かないよう言っておくけれど別に赤点だったとかそういうわけではなく強制参加なのだ)は入道雲浮かぶ青空の下、屋上で七里先輩と遭遇した。相変わらず自由奔放神出鬼没なこのお方も、一応補習はサボらず受けているらしい。先輩は僕を見るなり、コロッケ焼きそばパンというなんだかもうネタ切れの末に人気者同士をくっつけてましたいえーい的な発想の商品を片手に冒頭の言葉を言い放った。突然極まりない。

「ところでリア充ってなんですか」
「知らないの? リアル、つまり現実が充実している人のことだよ」
「いや、それは知ってますけどね。先輩、充実してないんですか? リアル」
「これ以上ないってくらいに充実してる」

 じゃあさっきの言葉は何なんだという突っ込みはしていいんだろうか。多分しなくていいんだろう。僕の困惑に構わず、先輩はコロッケ(中略)パンにばくりと食いついた。思ったより大きなパンだった。コロッケ二個入ってないか、あれ。
みるみるうちにコロッケ一個分を食べ終えた先輩は眉間にしわを寄せながらむむう、と唸った。

「これ思った以上に大きい」
「気づくの遅くないですか」
「いけると思ったのになー。五十嵐くん、ちょっと食べる?」
「いただきます」
 
 手渡された焼きそばパン(コロッケはキレイに抜き去られていた。抜け目ない)を頬張りつつ、僕は適当に腰を下ろしてフェンスに背を預ける。地面に置かれていた七里先輩お気に入りの青いリュックは、なんだかやけにふくらんでいた。

「私さー」

 パック牛乳のストローをくわえて、先輩が小さく口を開く。その表情は憂いに満ちていた。

「生まれてこのかた、彼女を作ったことがないんだよね」
「・・・・・・」

 爆弾発言。えっと。うん。

「先輩、一つ確認していいですか?」
「なんだい五十嵐くん」
「『彼女』で、ファイナルアンサー?」
「あ、じゃあ恋人で」

 じゃあ、って。そこは「彼氏」じゃないのか。あくまで込みなのか。オーケイオーケイ。 恋愛に年齢や性別は関係ないというのは僕の持論であるけれども(そういう僕は至ってノーマルだ)、先輩も全面的にそういう人らしい。だいたい知っていたけど。

「まーでも、彼氏欲しいよね、夏だし」
「珍しく女子高生らしい発言ですね」
「当たり前じゃない。何年やってると思ってるのさ」
「えーと、二年と半年くらい」
「ぴんぽん」

 実に心外だという顔を浮かべながら、先輩はリュックの中に手を突っ込んで新しいパック牛乳を取り出した。そのまま、はい、と手渡される。あ、ありがとうございます。
しかし、恋人、ね。先輩にもそういう願望あるんだなあとわけもなく感慨に耽ってみる。あんまりそんな風な考えを持つようには見えなかったけれど、やっぱり先輩も「女の子」というやつだからなのだろうか。あ、じゃあもし先輩に彼氏(または彼女)ができた場合、先輩の奇行with僕の量も減るのかもしれない。別に先輩がうっとうしいとかそういうことはまったく思ったことはないけど。楽しいときもある。
 ふむ。先輩の恋人か。正直とても見てみたい。

「彼女ができたらめっちゃ可愛がって、彼氏ができたらたくさん貢がせようと思います。あ、そうだ五十嵐くん、私と付き合わない?」
「僕そんな物欲にまみれた恋人嫌です」

 この人に愛だ恋だを求めた僕が悪かったんだと思う。恋人っていうか変人だ。
パンを食べ終えて貰った牛乳をありがたく飲みながら、僕はやっぱりそうだよ七里先輩ってこうだよ、と納得。ソーダ・コーダ。

「あ。あと僕、彼女いるんで絶対駄目ですよ」
「あー、そうだね、さすがにそれは駄目だよね。浮気二股、だめ、ぜったい」

 標語ポスターをもじって、ズズズ。パック牛乳って意外と量あるな。
そして突然、隣で吹きだされた白い飛沫。

「ぶっ、ええええええええええええ!」
「・・・なんですか急に、牛乳が勿体無い」
「いやいやいやなんですかじゃないよ急なのは君のほうで私は至極普通の反応をしているつもりだけれども何その目そんな汚いものを蔑むような目で私を見るなよ五十嵐くん!」    

 そんな風にまくしたてられた。形容し難いけど真っ白だった。涙目でだらだらと口から牛乳を垂らす先輩はちょっと間違ったら法律違反。実に危ない。というか、こんなに混乱状態な七里先輩は初めて見たな、と僕は意外にも冷静に考えていた。
七里先輩メモその一。「混乱状態になるといつも以上に饒舌」。ななさとは こんらん している!

「げほっげほっ、うへー・・・鼻に入った」
「ティッシュありますよ」
「うー、ありがとう」

 差し出したポケットティッシュをがっつりざっくり遠慮なく掻っ攫っていく。ぶしゅぶしゅ、ぶしゅん。そしてそのまま鼻をかんだティッシュを食べ始めた。全力で阻止。

「せ、先輩、食べてます! 食べてますよ!」
「大丈夫、主食だから」
「ティッシュが? え、ティッシュが? 元はただの牛乳パックですけど!」

 ななさとは わけもわからず じぶんを こうげきした! 
駄目だ僕も混乱しつつある。というか、先輩をこんなにさせたのはいったい何なのだろう。自分の発言を完璧に忘れている僕は、その後何故か先輩と屋上のごみ掃除をした。

「さて、そこになおりたまえ、五十嵐くん」
「はぁ」

 掃除をして気が収まったのか、僕がなんでもなおしを使うまでもなく完全復活を成し遂げた先輩は、いつもの尊大な態度を取り戻しており、屋上のど真ん中に僕を正座させた。
 空を見上げると、二羽のツバメがあくせくと飛び回っている。

「彼女がいるんですってね」
「ええ、まあ」
「いつから?」
「えーと、中三の八月ですね」

 言っていて、もうすぐ記念日であることに気づく。今年はどうするんだろう。去年は王道的に某夢の国に行ってきたわけだけれども。

「今、五十嵐くんは高二だよね」
「そうですね」
「私は高三なんだよね」
「そうですね」
「私たちもう知り合って一年と半年は確実に経ってるんだけど、さ! 聞いてないよ! 彼女いるとか!」
「え、逆ギレ?」

 僕はキレてすらいない。しかも今の先輩の言葉を前半だけ切り取ると完全に昼ドラの台本に載っていそうだった。と、昼ドラをまともに見たことがない僕が言ってみる。
言う必要性とタイミングがまったくなかったというところが、七里先輩の逆ギレに対する言い訳だ。というか、事実だ。どこの世界に前触れもなく「僕、彼女いるんですよ」という男がいるだろう。しかも先輩に。そんな野郎は阿呆に等しい。自慢は人類の行いの上で最も恥ずかしい行動の一つだ、と僕は常々から思っている。そして先輩といわゆる「恋バナ」的話なんて、一回もしたことがなかったわけで。タイミングという話なら、さっきが先輩と出会って以来のベストタイミングだっただろう。別にそれを計って言ったわけじゃないけれど、さっきのあれは完全に自然体だった。
 はーあ、とため息をつきながら先輩は床にあぐらをかいた。さすがに疲れたのだろう。今回は最初から飛ばしすぎている・・・気がする。

「この学校のカップル名簿に五十嵐くんの名前は載ってなかったから・・・じゃあ、他校の子なんだね。たぶん恋人所有名簿には乗ってるんだろうな」
「ちょっと待ってください、なんですか、カップル名簿って」

 あと恋人所有名簿って。

「私ねーちょーう情報通の友人がいるんだけどさ、その子が持ってるのですよ、カップル名簿。すごいよ、ナルちゃんは何でも知ってるよー」

 なんだか聞いたことがあるような。三年生にこの世で知らないものはないと言われる情報通がいるとかいないとか。僕はその噂を聞いて某池袋小説を思い出したものだけれど、七里先輩の友人ということは、きっとその人も相当だ。相当・・・面白い人(「へんな」といわなかったのは僕の良心)。

「まあ、はい、他校の人ですけどね」
「同じ中学だったんでしょー? 同じ高校受ければよかったのに」
「彼女の第一、私立の女子高だったんですよ」
「だいじょーぶ、五十嵐くんならいけるいける」
「何を根拠に」

 犯罪だ、それは。多分。
自分のスカート姿を想像して・・・え、あれ、案外いけるかも。まじか。自分でやったにも関わらずだいぶショックだった。
 そうそう。僕の彼女は一之瀬琴子さん。「ことね」というのが正しい読みなのだけれど、初対面の人にそれで呼ばれたことは一度もないそうだ。皆が「ことこ」と読み間違うなか、あろうことか「きんこ」と読んだ阿呆な僕は、中三の夏、いろんな勘違いと奇跡が積みあがった結果、晴れて恋人同士となった。今思えばだいぶ変な馴れ初めだけれど、まあ初対面が獅子頭だった先輩のときよりはマシだろう。うん。

「―――ということがあって、今日はなかなか大変でさ」
「いつ聞いても面白いねー、七里先輩って」
「僕の苦労は分かってくれた?」
「え? 魔術師?」
「誰も魔法のカードを作り出した人のことは話してない」

 場所は変わって市内の公園、時計の針は十二と三を指していて、つまりは午後三時。カルピスソーダを片手に、僕の隣のブランコには琴子さんが座っていた。彼女曰く、放課後デートというやつらしい。放課後というより補習後という感じもするけれど。公園の中央にある噴水では、小学生くらいの子供たちが、服がぬれるのも構わずはしゃぎ回っていた。
 ぷしゅり、という音を立ててプルトップを引き起こしながら、琴子さんは「でもさー」と声を上げた。

「それはガラくんが悪いと思うんだよね」
「え、うそ、なんで?」

 どこに僕の敗因があったのだろう。
 ちなみに琴子さんは僕のことを「いがらし」の真ん中を抜き取って「ガラくん」と呼ぶ。

「そりゃ一年半も友達してた後輩が、突然彼女持ち宣言したらさー、誰でも驚くよ」
「その経験をする人が世界にどれ位いるかにも依ると思うよ」
「少なくとも私は驚いてそのまま服を脱がすね」
「後半部分は完全に琴子さんの趣味だよね」

 一之瀬琴子、十七歳。特技は折り紙、将来の夢はひよこの鑑定士。好きな言葉は「西向く侍」。好きなもの、裸体。

「趣味じゃないよ生きがいです」
「鼻息荒く言われても困るよ」

 裸体好きの女子を彼女にしてる僕ってどうなんだろう。まあ今更気にしないけれど。琴子さんの部屋にはボディビルやボクシング関係の雑誌とか、水泳競技の雑誌が山積みで、部屋だけ見ると女子の部屋かどうか分からない。さすがにポスターとかは張っていなかったけれど。ふむ。一体どこをどう間違えたらポニーテールの似合う爽やか女子が裸体好きになるんだろう。

「琴子さんのことを話したら、先輩がものすごく会いたいって」
「え、ほんと? わーい、私も噂の七里先輩会ってみたいヨウ!」

 諸手をあげて喜ぶ琴子さん。僕から伝わる七里先輩武勇伝は彼女にとても好評だ。彼女の中で先輩がどんな風に作り上げられているのかは分からないけれど、位置的にはだいぶヒーロー的ポジションにいるらしい。
さてさてさて、と、話題転換時の琴子さん特有の掛け声が、ブランコの揺れが大きくなったと同時に響いた。きいこぎいこ。僕は当然、琴子さんを右へ左へ見上げる形になる。

「そういえばガラくん、もうすぐ二周年記念日なんだけど、覚えてた?」
「覚えてた覚えてた」

 うそではない。今日思い出した。

「どこか行く? また夢の国?」
「それもいいけどー」

 きいこ、ブランコがゆれる。

「沖縄とかー?」
「また遠いところをチョイスしたね」
「行ったことないよーう」
「修学旅行は?」
「オーストラリア」
「そういえばそうでした」

 こういう所で公立と私立の違いは顕著に現れる。確か結構なコワモテのお面をお土産に貰った気がする。魔除けだとか。僕としてはカンガルーやコアラとかキウイなんかのぬいぐるみが良かったよ琴子さん。
それにしても沖縄か。僕はこう見えて可愛い恋人のお願いごとはできるだけ叶えてあげたい人であるので、少々頭を悩ませる。今年はもう無理だろうから、来年に向けてバイトでもしようか。

「えー、ガラくんって人の下で働けるの? 絶対無理だよね」
「決定事項? 失敬な。働くことぐらい僕もできるよ」
「労働を嘗めちゃいけません!」
「え、あ、なんかごめんなさい」

 怒られた。何か気に障ることを言ってしまったらしい。なんという失態。そんな琴子さんは現在焼き鳥屋でバイト中。思うところでもあるのだろう。
そうして、ピルルル、とあたりに響いた電子音。僕の携帯が震えていないところを見ると、どうやら琴子さんの携帯電話が発信源のようだ。いつのまにかカルピスソーダを飲み終えた琴子さんは、片手でカチカチと携帯をいじり始めた。

「メール? 誰から?」
「彼氏」
「ふうん・・・ん?」

 琴子さんの彼氏は僕だと思ってました、まる。何気ない会話から引き出した爆弾発言。思ったよりていうか正直大分ショックだ。まさか浮気されていたのは僕だったなんて。衝撃に打ち震える(もとい飲んでいたジュースが気道に入って悶絶している)僕の肩を、僕のモトカノ琴子さんは爽やかにたたいて冗談冗談、と一言。

「なんか、知らない人から。『初めまして一之瀬ちゃん!』だって」
「なにそれ。ご迷惑メール?」
「なんでちょっと丁寧に言ったの?」

 メール画面を覗いてみると、なるほど、いつもなら電話帳に登録された名前が表示されるはずの送信者の欄には、アルファベットと数字の羅列。えーとどれどれ、7、7、7、sugar、・・・あれ?

「・・・・・・」
「どしたの?」

 おもむろに携帯を取り出した僕を、琴子さんが訝しげに見守っている。うん、ちょっと待ってね。登録名、あかさた、な。

「えーと、琴子さん。とても楽しいお知らせがあります」
「何でしょう」
「そのメールの送信者が分かりました」
「ほほう! それはすばらしい! して、誰ですかな?」
「七里先輩です」

 アドレス、どっから手に入れたんだ。


(ちなみに七里先輩のアドレス)
(777sugar_blackhumor@ド●モ的な何か)
(ド●モ的な何かというのはド●モではないので注意)

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